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広尾線は「愛国から幸福行き切符」で一躍有名になり、一時は収支係数が大幅に改善されてしまった(それでも大赤字であったが)。
筆者の二十歳の誕生日は幸福駅で迎えた。今こう書くと、一人寂しいオタクがセンチになって自分の誕生日を幸福駅で迎える……という感じであるが、特に狙ったわけではない。夜汽車から接続の一番列車で降り立ち、駅前のなんでも屋さんで切符を買った。
広尾線は十勝平野の見渡す限りのジャガイモとビート畑を走り、襟裳岬の観光基地である広尾町まで伸びて、いずれは襟裳岬をぐるりと回って日高本線と結ぶ予定だったらしい。筆者は襟裳岬の急峻な崖を切り開いて作ったため莫大な工事費がかかったことから「黄金道路」と呼ばれる悪路を自転車で走り抜け、広尾駅頭で寝たことがある。
両親と3人で訪れたこともある。日高本線様似駅から国鉄バスで襟裳岬を訪れ、広尾駅から鉄道に乗った。両親は広尾駅で翌日の帯広から釧路行きの指定席特急券を硬券の手書ききっぷで買った。「禁煙車じゃないのか、禁煙車にすればいいのに」と父に言ったのを覚えている。父はそのようなことはまったく意識になかったようで首をかしげた。
このとき撮影した駅名票をお見せしている。まもなく子供が生まれるので、男の子なら「大樹(たいき)」にしようかと、大樹駅の撮影は緊張した。生まれたのは女の子だった。
広尾町は廃線後、サンタランドで町おこしをしようとし、芸能人が広尾線を復活するなどとのたまったが、実際にうまく行っている話を耳にしない。広尾郵便局では毎年クリスマスになるとサンタランドからの郵便として、サンタをデザインした特別の郵便を発送してくれる。
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