TVのクイズ番組を裸にした本!
数々の番組で優勝を続ける筆者が、自らの経験と頭脳からあみ出した、本当は公開したくない、
TVクイズ攻略のまる秘カリキュラム一挙公開!
もう今年で辞めよう、もうこんなことからは手を引こうと思いつつも、6月の募集になるとそそくさと応募してしまう。後楽園の電光掲示板に、正解が出る瞬間がたまらないんだなあ。
第4回は1980年8月17日から。
1、後楽園球場・国内第一次予選(O×クイズ。二七○七名が100名に)
2、成田空港・国内第二次予選(ジャンケン。100名が50名に。さらに敗者50名でクジ引きをし、1名が復活)
3、グアムへの機上(400問のペーパーテスト。51名が40名に。一番成績の悪かった者は途中のサイパンで降ろされた。トップは360点・90%のぼく)
4、グァム・砂浜(O×ドロンコクイズ。40名が20名に。不正解者はドロの中へつっこむ仕掛け。私メも犠牲になりました)
5、ハワイ・ウィンドジャマー号上(一対一の早押しダイビングクイズ。20名が10名に。船上からつき出たボードの上に正座してのクイズ。敗者はそのままドボン)
6、サンフランシスコ・ピア39(5人ずつに別かれてのインスピレーションゲストクイズ。10名が9名に。敗者はアル・カポネも幽閉されていた刑務所のある、アルカトラス島へ連行された)
7、ソルトレークシティ・グレートソルトレーク(バラマキクイズ。9名が8名に。敗者はアクロバット飛行機に乗せられた)
8、イエローストーン・オールドフェイスフルガイザー前(早押しクイズ。8名が7名に。敗者は4人乗り自転車にクマなどを乗せて空港へ)
9、コロラドスプリングス・ブラッドムーアアイススケート場(早押しクイズ。まちがえたらハダシで氷の上を走る。7名が6名に。敗者は冷凍車で運ばれた)
10、アルバーカーキ・インディアン村(馬乗り早駆けクイズ。インディアンと馬に2人乗りし、答えがわかったら馬を走らせてもらい、数m先のゲートの白人人形をハンマーでなぐって早押しとする。6名が5名に。敗者はインディアンにのろいをかけられ馬に乗せられ砂漠へ消えていきました)
11、ニューオーリンズ・スーパードーム(早押しタッチダウンクイズ。5名が4名に。答えがわかったらフットボールの要領で走り、40ヤード先のゴールにタッチ、早押しとする。敗者は乗用車にギューづめになる。これで勝ち残っているのは女性だけになった)
12、プエルトリコ・サンファン(3点先取通過クイズ。4名が2名に。3問答えたものに対しクイズが与えられ、それに正解すればニューヨーク。敗者は一人が赤ちゃん、もう一人が妊婦の格好をして目抜き通りを歩いた)
13、ニューヨーク・PANAMビル屋上(早押しクイズ)
ウルトラクイズ初のクイーンが生まれた。上田由美氏(千葉県、当時22歳)で、準優勝は松澤典子氏(東京都、当時20歳)だった。賞品は組み立て式小型飛行機。
(日程表、省略)