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なぜか優勝……………………第9回/金子孝雄(3)

なにをやってもドジばかり

 ぼくはクイズもできませんでしたが、クイズ以外でもドジをふんで、一緒に行った人にめいわくばかりかけていました。ハワイでは昼ごはんの時間を1時間早くまちがえてレストランに行ってしまい、知ってる人がだれもいないので青くなりました。みんなぼくを置いてサンフランシスコに行ってしまったと思いました。でもスタッフから時間が違うよと聞いてホッとしました。ホテルでは部屋のカギをフロントにあずけないで遊びに行ってしまい、同室の人が部屋に入れずこまらせてしまいました。本当にみんなにはめいわくをかけました。

 いちばん苦戦したのはアトランティックシティのドボンクイズです。クイズに答えるたびにトランプを引いて、合計が17以上21までになると合格です。ここでぼくは何度答えてもドボン(合計が22以上)になってしまって、自分でも笑っちゃいました。結局最後の2人になってしまいました。敗者決定戦はスロットマシンでやりました。スリーセブンを出したほうが勝ち抜けです。先攻後攻をジャンケンで決めましたが、このときぼくは初めてジャンケンに勝ちました。そして後攻を選びました。なんどかスロットマシンをやったら、ぼくのときにスリーセブンになり、ようやく勝ち抜けることができたのです。大学の試験が近いこともあり、そろそろ帰らなくてはと思っていたので、相手の人に悪いと思いました。

 

 次のニューヨークはマラソンクイズをしました。マラソンクイズは地獄でした。クルマについて走るのがやっとで、クイズに答えるどころではありません。目の前にボタンがありますが、腕をあげるのもたいへんでボタンもうまく押せませんでした。それでもやっと抜けることができ、勝った喜びよりも、もう走らなくていい喜びのほうが大きかったです。

 ついに大西洋を渡りました。まずロンドン郊外で迷路クイズです。子供のころから迷路だけは得意だったので早く抜けれました。でも優勝候補の堀三枝子さんが落ちてしまいました。堀さんはクイズがとてもよくできる人で、スタッフは第4回に続いて女性のクイズ王になるかと、かなり期待していました。ぼくは堀さんがいなくなってさみしかったです。

 ドーバーへ行けたのは五人になりました。ここではイギリスのヘンな人がいっぱい出てきたゲストクイズでした。最初に抜けたのは、サラリーマンでずっと背広で通してきた伊澤浩樹さんでした。みんな次々に抜け、例によって最後に抜けたのはぼくでした。

 ここを抜けてもすぐにパリへ行けるわけではありませんでした。抜けた人からクイズをして、○の飛行機か×の飛行機に乗らなくてはならないのです。先に抜けた3人はすでにどちらかの飛行機に乗っています。飛行場の入口に制服を着た外人さんがいるのでパスポートを見せたら、横で福留さんがなにかゴチャゴチャ言うのです。そこで、ようやくそこに出してあったはりがみが、日本語で書いてあるクイズの問題とわかりました。

 そのクイズは「大西洋横断のリンドバーグがフランスに着いたとき、最初に言った言葉は『ボンジュール・パリ』である」というものでした。よく読まないで×だ×だと言いました。でも、もう×の飛行機にしか席がなかったのです。その×機には長谷川さんが座っていました。そうなれば、ぼくといちばん仲のよかった伊澤さんは○機です。これで2人は、はなればなれになってしまったわけです。

 ドーバー海峡の天気はあまりよくなく、くもっていました。海も黒っぽくて、小さな飛行機なので落ちたらこわいと思いました。フランスの土地に入ったら正解が地面にかかれていると言われ、下を見ました。すると草がかってあって×と書いてありました。正解とわかったとき、疲れがドッと出て、思わず飛行機の中で眠ってしまいました。


時間のかかった決勝戦

 パリではヘリコプターに乗りました。エッフェル塔がきれいに見えるトロカデロ広場で決勝戦です。ぼくと長谷川さんはまちがえてばかりいて、いつまでたってもクイズが終わりませんでした。テレビで見ていると答えたところだけを映していますが、本当はすごくまちがえたり、答えられずにパスした問題が多いのです。福留さんはとてもいやな顔をして問題を読んでいます。ぼくはもうしわけないなあと思いました。

 せっかく9問まで答えたのに、またまちがえて8問にへってしまいました。ようやくぼくが10問答えて優勝したときは、すでに日がかげってきていました。福留さんがインタビューで「たいへんだったね」としみじみと言いました。きっと自分が問題を読むのもたいへんだったのだな、と思いました。

 優勝のファンファーレを演そうする楽団も、すっかり待ちくたびれたみたいでした。優勝旗を渡す人も、しょうがないという顔をして渡しました。それからミスフランスの女の人に花たばをもらいました。ぼくはフランス語で「ありがとう」をなんて言うのか知らないので、サンキューと言いました。キスをされたので、キスをしかえしました。これは役得です。

 そしてシャンペンを飲まされました。途中で福留さんにとられてしまい、頭からかけられました。そしてスタッフが、ふんすいの池に入って喜んでくれと言うので、背広と革靴がぬれるのはいやだったけれど、しかたないので池に入りました。そこで思わず「お母様やってしまいました」と叫んでしまいました。テレビ放送終了後、ともだちからひやかされ、とても恥ずかしい思いをしました。

 

 賞品は潜水艦でした。パリから一度日本にもどって、サイパンまでもらいに行きました。前の背広がぬれてしまったので、お母様がお祝いをかねて新しい背広を買ってくれたので、それを着ていきました。ぼくは潜水艦がもらえるので、女の子に乗せてあげると言って、さそえると思いました。でも、1人しか乗れない、底がぬけている、ヘンな潜水艦でした。ぼくはやっぱりだまされたと思いました。新しい背広も、ヘンな潜水艦のおかげでぬれてしまいました。あんな潜水艦は、家の近くの芝浦の運河で乗ったら死んでしまいます。

 今でもあの潜水艦のことを考えると頭痛がしてきます。日本であの潜水艦を売り出そうという会社があって、そこの倉庫に置かせてもらっていますが、だれも引き取り手がありません。だれか買いたい人がいたら連絡してください。安くします。


優勝して複雑な気持ち

 ウルトラクイズで優勝したので、一時は友達から尊敬されました。でもあいかわらずバカなことをしていたので、すぐまたもとにもどってしまいました。

 優勝してうれしいかと聞かれますが、ぼくみたいな場ちがいの人間が勝ってしまって、本当にもうしわけないと思っています。ぼくが優勝できたのは時の運だけです。ぼくは優勝しないほうがよかったのです。きっとスタッフも、最後のどたんばであんな○×クイズをしてしまい、くやんでると思います。パリでも言いましたが、ぼく以外のクイズ王は今でも雲の上の人と思っています。神様と思っています。とても近づけません。

 

 でも小学校のころ先生が、勉強ができても心がきたない人は人間としてはだめだ、と言ったことを思い出しました。これからのぼくはクイズなんてできなくてもいいから、人間としてはずかしくないように生きていきたいと思っています。

 ぼくは、ある意味では、みなさんにいちばん近いクイズ王なのかもしれません。こんなぼくでもクイズ王になれたのだから、みなさんもきっとクイズ王になれます。がんばってくださいね。おわり。

 

 

■ルートガイド


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