QUIZ > クイズ王の本 > 第5回(1981)真木法男


勝つと誓って出たクイズ………第5回/真木法男

※コース概要

 1981年、後楽園には6473人が集まった。いきなりゲートで問題が出た。正解者のみがグラウンドに降りて○×クイズを。成田のジャンケン、機内クイズと続き、サイパンでは早い者勝ち空席待ちクイズ。ハワイではクレーン宙吊りドボンクイズ、問題を読むのは挑戦者同士だった。ラスベガスではインスピレーションクイズ。

 メキシコへ渡ったのは12人。アカプルコでは二組に分かれてのドラフトクイズ。プラサメヒコでは闘牛場でメキシコの子供95人に聞きますクイズ。ティオティワカンではピラミッドの前で早押しクイズ。アメリカに戻り、フェニックスでは落下傘バラマキクイズ。エルパソでは白い砂漠ホワイトサンドでの早押しクイズ。ヒューストンではロケットパークで早押しクイズ。 残るは6名。メンフィスではバスに乗ってダウンタウンツアーハートブレイククイズ。準決勝地ノックスビルでは通せんぼクイズ。そしてニューヨークへ。

 賞品は石油の採掘権でした。

Googleマップでコースを見る


最初で最後のチャンス

 僕はクイズが大好きで、ウルトラクイズに出る前も、いろんなクイズ番組に出場していました。たとえば、クイズグランプリ。「文学・歴史の20」「社会の40」とか指名すると、ボードがバッと開いて問題が出る番組、覚えておいでですか。この番組では優勝してヨーロッパへ行かせてもらいました。それからクイズマガジン。そして逆転クイズジャック。これらにも優勝。この他ほとんどのクイズ番組に出ており、大体いい成績を修めていましたので、クイズの自信もありましたし、クイズに対するする興味も人一倍持っていました。

 でも、一番憧れていたのはもちろんウルトラクイズでした。しかし、番組はよく見るものの、うかつにも応募方法がさっぱりわからず、どうやって出ていいのか、どうしてあの人たちは出ているのか、毎年不思議に思っていたのです。番組の中で募集もしていないし、きっとタレントが出るクイズ番組のように、何か特別な人たちが出ていると思っていたのでした。

 

 大学生活最後の年、ようやくウルトラクイズの応募方法を知りました。6月ごろ、木曜スペペシャル枠やテレビガイド誌などで募集をしているのでした。さっそく応募しましたが、なにしろあんなに長い間アメリカへ行っているのです。就職したらとても出れないだろう。つまり、第5回は最初にして最後のチャンスだ。そういう気持ちで挑戦しました。

 

■ルートガイド


より大きな地図で 第5回アメリカ横断ウルトラクイズのルート を表示