アメリカ横断ウルトラクイズ
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出版するにいたった経緯
この本は1987年夏に日本テレビ出版部より上梓した、私にとって3冊目の本です。この本は「クイズ王の会篇」となっていますが、実際は第2回ウルトラクイズ優勝の私と、第10回優勝の友人森田敬和(もりた・たかかず)の共著です。
80年代は私にとって「クイズの日々」でした。クイズに夢中になり、クイズの友人が増え、クイズがおもしろくてたまらない時期を過ごしていました。その中で知り合った森田は、何をやっているのかわからない万年青年みたいなやつで気が置けなく、「のぶちゃん」「たかちゃん」と呼び合う仲でした。その森田が86年の第10回ウルトラクイズで優勝したのは、私にとってもたいへんな喜びでした。
年が明けて、二人で何かおもしろいことはできないかと雑談していた中で、いくつかのハウツー本のアイデアが生まれ、中でもウルトラクイズのハウツー本は売れるのでは?となりました。前年に優勝した森田の元には大量のファンレターやバレンタインのチョコが舞い込み、森田は何人かの「ファン」とデートして、それはそれはめくるめく年月でしたので、あれだけのファンがいるのだから、本も売れるだろうとの皮算用です。余談ですが、私のときにもファンレターはきましたが森田ほどの数ではなかった。時代が違うのか……。
二人で企画を考えました。それぞれにファンがいるであろう10人のクイズ王の回想と、これから参加する人たちへのノウハウ提供をクイズ王側とスタッフ側の双方から行う趣向です。クイズ王一人一人に原稿を書いてもらうことも考えましたが、居住地はちらばってなかなか統一してできるものではないとの判断から、暇な森田が交渉や各クイズ王・スタッフに取材をして、それを北川がまとめるという、エラリー・クィーンみたいな方法で作ることにしました。
肝心なのは出版社です。売れる売れないのウェイトは出版社も担っています。クイズ仲間のN君が出版プロダクションにいたので、彼を通じて出版社に働きかけることにしました。しかし、その過程でどうしても日本テレビの協力を仰がなくてはならず、当時からウルトラクイズの問題集などを出していた日本テレビの出版部に打診しました。
すると「そういう本ならぜひうちから出してほしい」となり、本家から出すなら内容的に制約が発生するものの(やばい話は書けない)、スタッフとのネゴなどはかえってやりやすくなるだろうとの判断から、日本テレビから発行していただくことになりました。
二人三脚の制作作業
本のコンテンツとして「クイズ王10人の回想」「クイズ王側からの必勝ノウハウ」「スタッフ側のうちあけばなし」「袋とじ特別企画第11回はこうなる」「読者プレゼント」の4つの柱をたてました。まず、クイズ王に対する質問シートを作りました。これを使って森田が均質な取材をするのです。日本テレビからの若干の取材費で、森田は京都や福島に行き、なじみのクイズ王から話を聞いてきました。
それを元に当時のビデオも参考にしながら、北川がワープロ富士通OASYSでそのクイズ王が憑依したかごとくに文章にしていきます。この内幕を知っている数少ない人は「どう考えても一人一人のクイズ王が書いているみたいで、北川が書いているとは思えない」と感嘆していましたが、それはささやかな自慢です(^^)ウフフ。
さらに森田はスタッフにも話を聞きに行きました。1年前に優勝したばかりでしたので、スタッフにもなじみがあり、森田を取材班にさせてよかったと思いました。
できあがった原稿を出版部に見せて、チェックしてもらい、「全体的にお涙頂戴みたいになっている」などの批判を調整して、おおむね完成しました。われわれの考えは、「ファンにこびる」ことであり、「クイズ王たちは本当にすごい」「ウルトラクイズにでる人はみんな一生懸命にクイズを戦っている」という、「いい意味での誤解」に応えることでしたので、多少力が入りすぎていたのかもしれません。
最後の「第11回の予想」は話題性を作るために「袋とじ」にしました。このころは雑誌のH記事が袋とじになることが多く一種の流行でした。出版部に相談したところ、経費はかかるが袋とじにしようとなりました。コースが発表になった6月ごろから森田と地図やガイドブックを参考にしながら、まったく勝手にどんなクイズがされるかを想像して作り上げました。念のためスタッフに「こんなことするんでしょ」とカマをかけたところ、かなり焦っていたフシもあります。
これはたいへんに楽しい作業でしたし、実際に行われた第11回の内容よりも、われわれの考えた方がおもしろいと思っています。
幻のプレゼント企画
実際は本に掲載されなかったのですが、システムまでかなり考えたプレゼント企画があるので、インターネット版に特別に掲載します。
ウルトラクイズの後楽園(東京ドーム)の予選では、入り口で出される問題を調べるためにいっせいに公衆電話に駆け込む姿が放送されますが、家族に聞いてもわかるわけがありません。それにクイズ王が応じる企画を考えました。まだ携帯電話は一般的でなかったので、電話のボイスサービスシステムを使って、あらかじめクイズ王が「○」とか「×」とか言う声を登録しておき、それを聞いてもらうのです。聞くには専用の電話番号が必要になりますから、番号の入った特製のテレホンカードを作り、それを販売して商売にしようとしました。
「第2回クイズ王の北川宣浩です。ぼくはこの問題なら○にいきます」
「第10回クイズ王の森田敬和です。自由の女神はこの目で見てきましたが、×の席でお会いしましょう」
なんてね。
しかも申込者の中から抽選で「クイズ王の色紙」がもらえるようにして、各クイズ王の元に森田が取材に行った際に、寄せ書きを作ってきました。世に10枚しかない貴重なものです。
一番最後の章をご覧ください。
内容は1987年当時のもので、現在とは異なっている部分が多々あります。
「アメリカ横断ウルトラクイズ クイズ王の本」の著作権は北川宣浩・森田敬和にあります。このインターネット版のログ(電子版・印刷版を問わず)を他に転載・配布することはいっさい禁止します。クイズ研究会や友人同志などで印刷物を回覧することも辞めてください。あなたのホームページからのリンクはOKですが、北川にメールしてください。
1977年秋、私たちの人生を変えたビッグイベントが登場しました。「史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ」。
後楽園を皮切りに、空港で、飛行機内で、アメリカ各地の名所でクイズを行い、次々に勝ち抜いていく空前のスケールでした。
それも並のクイズではなく、知力、体力、そして時の運までも試される非情のクイズだったのです。
勝った者だけが先へ進むことを許され、負けた者には死者に鞭打つごとき罰ゲームが科せられ、強制送還。
ある者は海のもくずと消え、ある者は砂漠の砂に散っていきました。そして10年。
残されたクイズ王が10人になりました。
私たち10人は、知力・体力・時の運、そしてなにより皆様のはげましによって、クイズ王の地位を獲得させていただきました。
その、身に余る栄光は、重荷やとまどいを感じさせられました。
しかし、今あらためてこの10年を振り返ると、長かった旅、辛かった旅もたいへん懐かしく思い起こされます。
また、私たちのあとに続く皆様へも、テレビから知りうること以上のウルトラクイズをお伝えしたくもなってきました。
そこで、感謝の気持ちを込めて、この本をしるすことにしました。
これは私たちだけの記録ではなく、ウルトラクイズの、そして皆様の記録でもあります。
ページをめくれば、あの夏の太陽が甦るはずです。
静かにめくってください。ほら、あの音楽と歓声が聞こえてくるでしょう。
| 度肝を抜かれたクイズ旅 第1回/1977年 松尾清三 (京都府京都市) 賞品/ラスベガスの土地1226坪 | ウルトラクイズはこの人で始まった。1938年11月5日生まれ、さそり座、B型。立命館大学出身。京都市で材木商を営む。趣味は読書に旅行。教員免許を持っている。クイズグランプリなど優勝5回。 |
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情熱は太平洋を越えて 第2回/1978年 北川宣浩 (東京都世田谷区) 賞品/家族とのニューヨーク旅行 | クイズ王の中でも実力一、二を争うと言われる。1954年8月6日生まれ。獅子座のA型。広告会社勤務。趣味はAV、写真、ワープロ、旅など。他にパネルクイズアタック25・クイズタイムショック・アップダウンクイズなど優勝8回。クイズの著書2冊。 |
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友と語り合った旅 第3回/1979年 宗田利八郎 (福島県棚倉町) 賞品/ 競走馬 | クイズ王の中でも人望が厚い。通称ブッチャー。1949年12月26日生まれ。やぎ座、B型。趣味は競馬にお酒。仕事は造り酒屋の当主で、銘酒の誉れ高い「福賑(ふくにぎわい)」製造元。ベルトクイズQ&Qなど優勝4回。 |
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大空に咲いた私の夢 第4回/1980年 山口由美 (旧姓上田、千葉県市川市) 賞品/組み立て式飛行機 | 紅一点、クイズの女王。ウルトラクイズに出場した時は上田姓だったが、86年に結婚し山口姓になった。1958年9月20日生まれの乙女座、A型。趣味はバイク。ウルトラクイズが唯一のクイズ出場。現在、日本航空のアシスタント・パーサー。 |
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勝つと誓って出たクイズ 第5回/1981年 真木法男 (東京都練馬区) 賞品/石油の採掘権 | 細い身体でひょうひょうとしているため、メガネカマキリの異名をとった。1957年5月25日生まれ。茨城県出身。双子座、B型。趣味は献血。調査会社のサラリーマンをしている。クイズグランプリなど優勝5回。 |
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妻に届け、勝利の叫びよ 第6回/1982年 高橋直樹 (静岡県静岡市) 賞品/世界一周旅行 | 太めの多いクイズ王の中でも横綱級の体重。トドさんの愛称を授かる。1953年8月3日生まれ。獅子座のB型。ゴルフにテニス、読書に映画と多趣味。お父さんの経営する会計事務所で働いている。パネルクイズアタック25にも優勝。 |
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一生で最高の体験 第7回/1983年 横田尚 (東京都新宿区) 賞品/組み立て式丸太の家 | 後楽園の群衆の中にいてもひときわ目立つ183cmの長身。1958年2月18日生まれ、水瓶座でO型。日本大学出身。趣味はドライブに写真。開発激しいJR新宿駅前の旅館の若旦那。心やさしい親思いの青年。 |
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二人で誓った世紀の対決 第8回/1984年 石橋史行 (東京都八王子市) 賞品/組み立て式自動車 | 1957年8月23日生まれ。獅子座、A型。獣医の道を歩むべく、大学で助手をしている。立派な体格どおり柔道初段、剣道初段の腕前。クイズ歴も長く、三枝の国盗りゲームなど優勝3回。 |
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なぜか優勝 第9回/1985年 金子孝雄 (東京都港区) 賞品/ウエットタイプの潜水艦 | どうしてあの人が優勝したの、とささやかれているが、クイズ王の中で唯一の国立大学生。あだなは林真理子。1964年12月9日生まれ。射手座のO型。趣味は軟式テニスにパソコン。新人類クイズ王。 |
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決闘、リバティ島 第10回/1986年 森田敬和 (東京都港区) 賞品/熱気球 | 1960年6月29日岐阜市生まれ。蟹座のB型。企画会社の社長。高等遊民である。趣味はブラックコンテンポラリーミュージックに映画、そしてナンパとお酒。アップダウンクイズ・クイズタイムショック・スーパーダイスQなど優勝9回。 |
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