三破風館
THE THREE GABLES
―恋の破滅が呼ぶ犯罪――屋敷に眠る真実を暴け―
第5章 消えた原稿と、未来への償い
原稿の灰を見せながら挑発的な笑みを浮かべるその姿は、あまりに妖艶で、僕は“ホームズがこれまで相手にした中で、最も手強い女だ”と感じた。だがホームズは一切動じなかった。
「それであなたの運命は決まりましたよ」
ホームズは冷たく言った。「行動が早いのは結構ですが、今回はやりすぎです」
彼女は火かき棒をガチャンと投げ捨てた。
「なんて冷たい方なの! 全部お話ししてもよろしい?」
「僕のほうが、あなたの話を言い当てられるでしょうね」
「でも、私の立場で見ていただかなくては。人生の野心が、最後の瞬間にすべて崩れ落ちようとしている女の気持ち……それを守ろうとするのは、責められることかしら?」
「そもそもの罪は、あなたが犯したものです」
「ええ、認めますわ。ダグラスは素敵な青年でした。でも、私の計画には合わなかったの。彼は結婚を望んだのです。結婚よ、ホームズさん。しかも“無一文の平民”と。彼は私が一度与えたから、これからも与え続けるべきだと思い込んでいた。耐えられませんでした。だから、思い知らせる必要があったのです」
「あなたの窓の下で、暴漢に彼を殴らせるという方法で」
「本当に、あなたは何でもご存じなのね。ええ、その通りです。バーニーたちは彼を追い払いました。少し手荒でしたけれど。でも、彼がその後にしたこと……紳士があんなことをするなんて、信じられます?
彼は自分の物語を書いたのです。もちろん名前は変えてありましたが、ロンドン中の誰が読んでも私だとわかる内容でした。私は狼、彼は子羊。……どう思われます?」
「彼にはその権利がありましたよ」
「イタリアの空気が、彼の血に“古い残酷な精神”を呼び覚ましたのでしょう。彼は私に手紙を送り、原稿を同封してきました。“あなたに先に読ませてあげる”と。二部あると言っていました――一つは私に、一つは出版社に」
「出版社に届いていないと、どうしてわかったんです?」
「彼の出版社を知っていましたの。彼の小説はそれだけではありませんから。調べたら、イタリアから何も届いていないとわかりました。
その後、ダグラスは急死しました。
でも、もう一つの原稿が世に残っている限り、私は安全ではありません。
当然、それは彼の遺品の中にあるはずで、母親のもとへ戻ります。
だから私は一味を動かしたのです。
一人をメイドとして家に入れました。
本当は正々堂々とやりたかった。家も家具も、全部買うつもりでした。いくらでも払うつもりでした。
でも、どうしても駄目だったから……他の手段を使っただけ。
ホームズさん、私がダグラスに厳しすぎたとして――神に誓って後悔しています――でも、私の未来がかかっていたのです。他にどうしろと言うの?」
ホームズは肩をすくめた。
「まあ、いつものように“重罪の示談”をするしかなさそうですね。……ところで、世界一周を一等船室で回るには、いくらかかります?」
彼女は目を丸くした。
「五千ポンドで足りますか?」
「ええ、十分すぎますわ!」
「では、その小切手を書いてください。それをメイバリー夫人に渡します。彼女には空気の良い場所で過ごす権利がありますから。
それと――」
ホームズは指を軽く振った。
「奥様、どうか、どうかお気をつけて。刃物で遊んでいれば、いつかその繊細な手を切りますよ」
🗺️ 地名・施設一覧と地図リンク
| 地名・施設名 | 概要・Googleマップ |
|---|---|
| ハロー・ウィールド(Harrow Weald) | ロンドン北西部の丘陵地帯。メイバリー夫人の屋敷「三破風館」がある地域。地図を見る |
| ウィールド駅(Weald Station) | メイバリー夫人の屋敷から徒歩圏にある最寄り駅として登場。地図を見る |
| 三破風館(The Three Gables) | メイバリー夫人が住む屋敷。物語の中心となる場所。架空の建物のためリンクなし。 |
| ベイカー街(Baker Street) | ホームズと僕(ワトソン)が住む住所。事件の出発点となる。地図を見る |
| ホルボーン・バー(Holborn Bar) | ロンドン中心部の地名。スティーヴが関わった過去の事件の場所として言及される。地図を見る |
| ブル・リング(Bull Ring, Birmingham) | 元ボクサーのスティーヴ・ディクシーがトレーニングしていたバーミンガムの地区。地図を見る |
| グローヴナー・スクエア(Grosvenor Square) | イサドラ・クラインの豪邸がある高級住宅街。地図を見る |
| セント・ジェームズ街(St. James's Street) | ラングデール・パイクが出入りするクラブがある通り。ロンドン社交界の中心地。地図を見る |
| ローマ(Rome) | ダグラス・メイバリーが外交官として勤務し、亡くなった場所。イタリアの首都。地図を見る |
| ミラノ(Milano) | ダグラスの遺品のトランクに貼られていた出発地ラベル。イタリア北部の都市。地図を見る |
| ルツェルン(Lucerne) | 同じく遺品の荷物ラベルに記載されていたスイスの都市。地図を見る |