三人ガリデブ
THE THREE GABLES
―三人そろえば大金持ち?──奇妙な名字が呼ぶ贋金事件―
第5章 地下室の秘密と“殺し屋”の正体
午後四時ちょうど、僕らはネイサン・ガリデブ氏の奇妙な部屋に着いた。管理人のサンダース夫人は帰るところだったが、鍵はスプリングロックで閉まるし、ホームズが安全を保証すると言うと、ためらいなく僕らを通してくれた。外扉が閉まり、彼女のボンネットが出窓の前を通り過ぎるのを見て、僕らは建物の地上階に完全に二人きりになった。
ホームズは素早く部屋を調べた。暗い隅に、壁から少し浮いた戸棚が一つあった。僕らはその裏に身を潜め、ホームズが小声で作戦を説明した。
「奴は、あの善良な老人を部屋から追い出したかった──これは明らかだ。コレクターが外出しないから、計画には手間がかかっただろう。ガリデブ騒動は、そのためだけに作られたんだ。ワトソン、あの奇妙な名字が奴に“突破口”を与えたとはいえ、悪魔的な巧妙さだよ」
「で、奴は何を探してる?」
「それを確かめに来たんだ。依頼人とは無関係だ。むしろ、奴が殺した男──おそらく犯罪仲間だった男──に関係している。部屋に“罪の秘密”が隠されている。僕はそう読んでいる。
最初は、依頼人のコレクションに本人が気づいていない高価な品があるのかと思ったが……プレスコットがここに住んでいたという事実は、もっと深い理由を示している。
まあ、ワトソン、あとは静かに待つだけだ」
その“時”はすぐに来た。
外扉が開いて閉まる音。
続いて、金属的な鍵の音。
アメリカ人──キラー・エヴァンズ──が部屋に入ってきた。
彼は静かに扉を閉め、鋭い目で部屋を一周見渡し、安全を確認すると、上着を脱ぎ捨て、中央のテーブルへ向かった。
迷いのない動きだった。
テーブルを横に押しやり、その下のカーペットをめくり、丸めて退ける。そして内ポケットからバールを取り出し、床に膝をついて激しくこじ開け始めた。
やがて、板がスライドする音がし、床に四角い穴が開いた。
エヴァンズはマッチを擦り、短い蝋燭に火をつけ、そのまま穴の中へ消えた。
──今だ。
ホームズが僕の手首を軽く叩き、合図した。
僕らは音を立てないように、開いた床下の穴へ近づいた。
だが、古い床はわずかに軋んだのだろう。
穴の中から、エヴァンズの頭が不安げに覗き上がった。
次の瞬間、彼の顔は“怒りの咆哮”から“気まずい苦笑”へと変わった。
僕ら二人が、彼の頭に向けて拳銃を構えていたからだ。

「いやはや、まいったにゃ」
エヴァンズは、まるで散歩帰りのような落ち着いた声で言いながら、穴から這い上がってきた。
「どうやら俺の負けだわ、ホームズさん。最初っから俺の企み、全部お見通しだったんだろ? 俺をまんまと手玉に取ったってわけだわ。いやあ、参った参った。あんたの勝ちだて、完全に──」
その瞬間だった。
彼は胸元から素早く拳銃を抜き、二発撃った。
僕の太ももに、焼けた鉄を押しつけられたような激痛が走った。
次の瞬間、ホームズの拳銃がエヴァンズの頭に叩きつけられ、鈍い音が響いた。
視界の端で、エヴァンズが床に倒れ、額から血を流しているのが見えた。
ホームズは素早く彼の体を探り、武器を取り上げる。
そして、僕の肩を抱き、椅子へと導いた。

「ワトソン、大丈夫か! 頼む、無事だと言ってくれ!」
ホームズの声は、いつもの冷静さとはまるで違っていた。
その必死さを聞いた瞬間、僕は──この傷は、むしろ“受ける価値があった”と思った。
あの冷たい仮面の奥に、どれほど深い忠誠と友情が隠れていたのか。
澄んだ鋼のような瞳が一瞬だけ曇り、固く結ばれた唇が震えていた。
長年、僕が彼のそばで尽くしてきたすべてが、この一瞬で報われた気がした。
「大したことないよ、ホームズ。かすり傷だ」
ホームズはポケットナイフで僕のズボンを裂き、傷を確かめた。
「……本当だ」
彼は大きく息を吐いた。「浅い傷だ。よかった……」
そして、床に座り込んでいるエヴァンズを鋭く睨みつけた。
「命拾いしたな、エヴァンズ。もしワトソンを殺していたら、おまえはこの部屋から生きて出られなかった。さて、言い訳はあるかな?」
エヴァンズは、頭を押さえながら、ふてくされた顔で睨み返した。
「……なんも言うことないわ」
アメリカ人は座って、顔をしかめているだけだった。
僕はホームズの腕を借りて立ち上がり、床下の小さな地下室を覗き込んだ。
蝋燭の明かりが、錆びた機械、紙の束、瓶の山、そして小さな机の上に整然と並んだ包みを照らしていた。
「印刷機……贋金製造の道具一式だな」
ホームズが言った。
「そうだがね」
エヴァンズはよろよろと立ち上がり、また椅子に崩れ落ちた。
「ロンドン史上最高の贋金師、プレスコットの機械だて。机の上の包みは、プレスコットが刷った百ポンド札が二千枚。どこでも通る出来だわ。どうだ、好きに持ってけや。これで手打ちってことで、俺を逃がしてくれんか?」
ホームズは鼻で笑った。
「そんなことはしないよ、エヴァンズ。おまえに逃げ道はない。おまえはプレスコットを撃ち殺したんだね?」
「そうだわ。五年食らったけどな。あいつが先に銃を抜いたんだて。ほんとは勲章もんだわ。あいつの札は本物と区別つかん。あいつを止めなきゃ、ロンドン中が偽札まみれだったわ。
俺だけが、あいつの工房の場所を知っとった。ここに来たかったのは当然だろ?
で、この変な名前の昆虫オタクが、よりによって工房の真上に住んどって、一歩も外に出ん。そりゃ、どかすしかないわ。殺した方が早かったかもしれんけど、俺は相手が銃を持っとらんと撃てん性分でな。
で、ホームズさん、俺は何をやった? この機械は使っとらん。あの老人にも手を出しとらん。俺の罪はどこにあるんだて?」
「今のところ“殺人未遂”だけだね」
ホームズは淡々と言った。「ただし、それは我々の仕事ではない。次の段階で警察が扱うだろう。今必要なのは、お前の身柄だ。ワトソン、警察に電話を。驚かれはしないだろう」
──こうして、“三人のガリデブ”事件と殺し屋エヴァンズの真相は明らかになった。
後で聞いた話だが、ネイサン・ガリデブ氏は、夢が崩れた衝撃から立ち直れなかったという。
空中楼閣が崩れ落ち、その下敷きになってしまったのだ。
最後に聞いた消息は、ブリクストンの療養所だった。
一方、警視庁ではプレスコットの工房が見つかったことで大喜びだった。
存在は知っていたが、プレスコットが死んで以来、場所が分からなかったのだ。
贋金師は社会にとって最悪の危険人物であり、彼の逮捕は多くの捜査官の安眠を取り戻した。
彼らは、エヴァンズが言った“スープ皿サイズの勲章”を本気で与えてもよかったらしい。
だが、裁判所はそこまで甘くなく、殺し屋エヴァンズは、再び闇の世界へと戻っていった。
🗺️ 地名・施設一覧と地図リンク
| 地名・施設名 | 概要・リンク |
|---|---|
| ロンドン(London) | 物語の主な舞台となる都市。ホームズとワトソンが暮らし、多くの事件がここで起こる。地図を見る |
| ベイカー街(Baker Street) | ホームズとワトソンが下宿する有名な通り。221Bが探偵事務所兼住居として描かれる。地図を見る |
| リトル・ライダー・ストリート(Little Ryder Street) | ネイサン・ガリデブが住む通り。エッジウェア・ロードから分かれた小さな枝道として描かれる架空の地名。 |
| エッジウェア・ロード(Edgware Road) | ロンドン北西部へ伸びる幹線道路。リトル・ライダー・ストリートや家屋管理会社の位置の目安として登場する。地図を見る |
| タイバーン・ツリー跡(Tyburn Tree / Marble Arch付近) | かつて処刑場があった場所として言及される“タイバーン・ツリー”の位置。現在はマーブル・アーチ周辺。地図を見る |
| スコットランドヤード(Scotland Yard / New Scotland Yard) | ロンドン警視庁本部。ホームズがレストレードを訪ね、殺し屋エヴァンズの記録を調べる。地図を見る |
| ウォータールー・ロード(Waterloo Road) | 1895年にカード賭博をめぐる射殺事件が起きたナイトクラブのある通りとして登場する。地図を見る |
| ブリクストン(Brixton) | ネイサン・ガリデブが最後に療養所で暮らしていた場所として言及されるロンドン南部の地区。地図を見る |
| サザビーズ(Sotheby’s) | ネイサンがたまに出かけるオークションハウス。美術品やコレクションの売買で有名。地図を見る |
| クリスティーズ(Christie’s) | サザビーズ同様、ネイサンが利用すると語る老舗オークションハウス。地図を見る |
| エッジウェア・ロードの家屋管理会社(Holloway and Steele) | ネイサンの部屋を管理しているとされる不動産業者。作品中の架空の会社名。 |
| トピカ(Topeka, Kansas) | ジョン・ガリデブが「法律家として働いていた」と語るカンザス州の州都。地図を見る |
| ムーアヴィル(Moorville, Kansas) | ジョン・ガリデブの肩書きに出てくる事務所の場所。架空の地名。 |
| シカゴ(Chicago) | 殺し屋エヴァンズの出身地であり、贋金師ロジャー・プレスコットが活動していた都市。地図を見る |
| アーカンザス川(Arkansas River) | アレクサンダー・ハミルトン・ガリデブが広大な土地を買い集めた場所として語られる川。地図を見る |
| バーミンガム(Birmingham) | 三人目のガリデブ候補・ハワード・ガリデブがいるとされた工業都市。ネイサンが訪ねるよう勧められる。地図を見る |
| アストン(Aston, Birmingham) | ハワード・ガリデブの広告に記載された「Grosvenor Buildings, Aston」の所在地として登場する地区。地図を見る |
| グロブナー・ビルディングス(Grosvenor Buildings, Aston) | ハワード・ガリデブの事務所宛て住所として広告に記載される建物名。実在か不明なため、作品内の施設として扱う。 |
| ブリクストンの療養所(Nursing-home in Brixton) | ネイサン・ガリデブが最後に暮らしていたとされる療養施設。作品中の架空の施設名。 |