三人ガリデブ
THE THREE GABLES
―三人そろえば大金持ち?──奇妙な名字が呼ぶ贋金事件―

●あらすじ
南アフリカ戦争後のロンドン。ホームズと僕ワトソンのもとに、奇妙な名字「ガリデブ」を名乗る二人の男が現れる。三人の同姓同名が揃えば莫大な遺産が手に入るという話に、孤独な収集家ネイサンは希望を抱く。しかし、アメリカ訛りの“ジョン・ガリデブ”は偽名で、正体は凶悪犯殺し屋エヴァンズ。彼はかつての仲間プレスコットが隠した贋金工房を探すため、ネイサンを部屋から追い出そうとしていた。ホームズと僕は罠を見破り、地下に隠された犯罪の痕跡と犯人を暴き出す。
「ストランド・マガジン」1925年1月号初出。
●登場人物
- シャーロック・ホームズ:名探偵。ガリデブ騒動の裏に潜む犯罪を見抜き、事件の真相を暴く。
- ジョン・H・ワトソン:僕。ホームズの相棒で語り手。事件に巻き込まれ負傷するが、最後まで行動を共にする。
- ネイサン・ガリデブ:博物館のような部屋にこもる収集家。遺産話を信じ込み、事件の舞台となる部屋の住人。
- ジョン・ガリデブ(殺し屋エヴァンズ):アメリカ訛りで“法律顧問”を名乗るが正体は凶悪犯。贋金工房を探すため偽名で接近する。
- ロジャー・プレスコット:故人。伝説的な贋金師で、かつてエヴァンズに撃たれた男。秘密の工房を部屋に隠していた。
- サンダース夫人:建物の管理人。ネイサンの部屋の鍵を管理し、ホームズたちを中へ通す。
第1章 奇妙な名前と奇妙な依頼
それが喜劇だったのか、悲劇だったのか──正直、僕にも判断はつかない。ある男はその事件で正気を失い、僕は流血し、もう一人は法律の裁きを受けることになった。それでも、どこか滑稽なところがあったのは確かだ。まあ、読んでくれれば分かるだろう。あの日付はよく覚えている。というのも、その月にホームズが叙勲を断ったからだ。理由は……まあ、いつか語られる日が来るかもしれないが、今は触れないでおこう。僕は相棒であり相談役という立場上、余計なことを喋るわけにはいかない。ただ、そのおかげで時期がはっきりしている。南アフリカ戦争が終わった直後、1902年6月の末のことだ。
ホームズは、いつもの癖で数日ベッドにこもっていたのだが、その朝になってようやく姿を現した。手には長いフールスキャップ紙の書類を持ち、厳しい灰色の瞳にはどこか愉快そうな光が宿っていた。
「ワトソン、君がちょっと儲けるチャンスがあるぞ」
ホームズが言った。「“ガリデブ”という名前を聞いたことは?」
僕は"聞いてない"と、首を振った。
「まあ、もしガリデブという人物を見つけられたら、金になるって話だ」
「どうして?」
「んー、長い話でね。ちょっと風変わりでもある。僕らがこれまで扱ってきた人間の複雑さの中でも、かなり奇妙な部類だと思うよ。本人がもうすぐ来るから、詳しい説明はその時にしよう。とりあえず、今必要なのはその名前だ」
僕の横のテーブルには電話帳が置いてあった。正直、見つかるとは思えなかったが、ページをめくってみる。ところが、驚いたことに、その奇妙な名前がちゃんと載っていた。思わず声が出た。
「ホームズ、あったよ! ここに!」
ホームズは僕の手から本を取った。
「“ガリデブ、N.”……“リトル・ライダー・ストリート136番地、W”か。残念だがワトソン、これは本人だよ。手紙に書かれていた住所と同じだ。僕らが探しているのは、彼と“同じ名前の別人”だ」
そこへ、ハドスン夫人が盆にカードを載せて入ってきた。僕はそれを手に取って見た。
「えっ、ホームズ! これ……別のイニシャルだ。“ジョン・ガリデブ、法律顧問、アメリカ合衆国カンザス州ムーアヴィル”って書いてある!」
ホームズはカードを見て微笑んだ。
「ワトソン、残念だが、もう一人探す必要があるね。この紳士もすでに件の話に関わっている。もっとも、今朝ここに現れるとは思っていなかったが……まあ、僕が知りたいことを色々教えてくれるだろう」
ほどなくして、本人が部屋に入ってきた。
ジョン・ガリデブ氏──法律顧問──は背は低いががっしりした体格で、丸くて血色のいい、ひげのない顔をしていた。アメリカの実業家に多いタイプだ。全体としてはどこか幼さすら感じさせ、いつも笑みを浮かべている若い男のような印象を受ける。ただし、目だけは違った。あれほど内面の強烈さを感じさせる目を、僕はほとんど見たことがない。鋭く、敏感で、思考の変化に即座に反応するような光を宿していた。
「ホームズさんでみえるか?」
彼は僕らを見比べながら言った。アメリカ訛りの混じった、しかし妙に耳に馴染む声だった。「おお、写真とそっくりだわ。ネイサン・ガリデブから手紙、もろたでしょう?」
「どうぞお掛けください」
ホームズは丁寧に言った。「お話しすることは多いと思います」
彼は手にした書類を持ち上げた。
「あなたは、この文書に記されているジョン・ガリデブ氏ご本人ですね。ですが、あなたはもうしばらくイギリスに滞在されているように見えますが?」
「なんでそんなこと言わはるんです?」
ジョンの目に、ぱっと疑念の色が浮かんだ。
「服装一式がイギリス製ですよ」
「いやあ、ホームズさんの観察眼は本で読んどったけど、まさか自分がやられるとは思わなんだわ。どこで分かったんです?」
「コートの肩のライン、靴のつま先……疑う余地はありません」
「いやはや、そんなにイギリス人っぽく見えるとはね。でも、仕事の都合でしばらく前にこっちへ来ましてね。だから、まあ、服はほとんどロンドン製ですよ。でも、あなたの時間は貴重でしょうし、靴下の話をしに来たわけじゃない。そろそろ、その手の書類の話に入りませんか?」
ホームズの一言が気に障ったのか、彼の丸い顔から愛想の良さが少し消えていた。
「まあまあ、落ち着いてください、ガリデブさん」
ホームズは穏やかに言った。「ワトソンなら分かると思いますが、僕のこういう寄り道が、後で事件に関係してくることもあるんですよ。ところで、ネイサン・ガリデブ氏はご一緒では?」

「なんであいつ、あんたを巻き込んだりしたんだ!」
突然、ジョン・ガリデブ氏が怒りを爆発させた。アメリカ訛りが強くなるほど、本気で怒っているのが分かった。
「あんたに何の関係があるんだて! こっちは紳士同士の仕事の話だったんだわ。それを、よりによって探偵なんか呼びやがって! 今朝あいつに会ったら、あんたに相談したって聞かされてよ……だから俺はここに来たんだわ。でも、なんか気分悪いわ」
「あなたに対する非難ではありませんよ、ガリデブさん」
ホームズは落ち着いた声で言った。
「彼は、あなたの目的を達成するために熱心だっただけです。お二人にとって同じくらい重要な目的だと伺っています。私が情報を集める手段を持っていると知っていたので、私に頼るのは自然なことです」
ジョンの怒りに満ちた顔が、少しずつ和らいでいった。
「……まあ、それなら話は違うわ」
彼は肩をすくめた。「今朝あいつに会って、探偵に頼んだって聞いた時は、すぐにあんたの住所を聞き出して飛んできたんだて。警察に首を突っ込まれたくないだけだわ。でも、あんたがただ俺たちの“もう一人”探しを手伝うだけってんなら、問題はないわ」
「ええ、そのつもりです」
ホームズは頷いた。「ではせっかく来ていただいたのですから、あなたご自身の口から事情を整理して伺いましょう。私の友人は、まだ何も聞いていませんので」
ジョン・ガリデブ氏は、あまり好意的とは言えない視線で僕を見た。
「……この人にも話す必要あるんか?」
「僕らはいつも一緒に仕事をしていますからね」
「まあ、隠す理由もないしな。できるだけ手短に話すわ。あんたがカンザス出身なら説明はいらんのだけど……アレクサンダー・ハミルトン・ガリデブって男がおったんだわ。あいつは不動産で金を作って、そのあとシカゴの小麦市場でさらに稼いだ。で、その金を使って、アーカンザス川沿い、フォート・ドッジの西側に、郡ひとつ分くらいの土地を買い漁ったんだわ。牧草地、材木地、農地、鉱物資源地……あらゆる種類の土地を持ってて、全部が金を生む」