シャーロック・ホームズ:新訳リブート

Sherlock Holmes: Rebooted Classics

— 現代の日本語でよみがえるホームズの物語 —

入院患者

THE RESIDENT PATIENT

「病室で起きた“密室の誘拐”と、偽りの患者」

入院患者タイトル


●あらすじ
ロンドンのブルック街に住む若き医師トレヴェリアンは、謎めいた資産家ブレッシントンと同居していた。ある日、彼のもとに奇妙な患者が訪れ、不可解な出来事が続発する。恐怖に怯えるブレッシントンはホームズとワトソンに助けを求め、二人は医師と共に事件の真相を探ることに。医師と患者、探偵と助手、そして訪問者たちの複雑な関係が絡み合い、やがてブルック街の家に隠された過去が浮かび上がる――。
「ストランド・マガジン」1893年8月号初出

●主な登場人物
- シャーロック・ホームズ:鋭い観察力と推理力で事件を解き明かす探偵。
- ジョン・ワトソン:ホームズの友人で語り手、冷静に事件を見守る元軍医。
- パーシー・トレヴェリアン:若き神経科医、ブルック街で開業し事件に巻き込まれる。
- ブレッシントン:医師の同居人で入院患者、過去に秘密を抱える男。
- アシスタントの男:トレヴェリアンの下で働く、初心者のトロい少年。
- ラナー警部:警察の捜査官、ホームズと協力して事件を調べる。
- ロシア貴族を装う男たち:二人組の訪問者、事件の核心に関わる存在。

第1章 「雨の日の予兆」

 僕が友人シャーロック・ホームズの奇妙な精神的特質を示そうと、これまで書き散らしてきた覚え書きを振り返ると、いつも困難にぶつかる。つまり、例として選ぶべき事件がなかなか見つからないのだ。ホームズが驚異的な推理力を発揮した事件では、事実そのものがあまりに些細で平凡すぎて、とても世間に披露する気にはなれない。一方で、事実が劇的で人目を引く事件では、彼自身の関与が僕の望むほど大きくないことも多い。『緋色の研究』や「グロリア・スコット号事件」などは、伝記を書く者を常に悩ませる両極端の好例だろう。これから語る事件も、ホームズの役割はやや薄いかもしれない。だが、全体の経緯があまりに特異で、どうしても省くことができなかった。

 正確な日付は定かではない。記録の一部を失くしてしまったからだ。ただ、ホームズと僕がベイカー街で同居を始めて一年目の終わり頃だったと思う。十月の荒れた天気の日で、僕は病み上がりの体を冷たい風にさらすのを恐れて一日中部屋にこもり、ホームズは難解な化学実験に没頭していた。夕方、試験管が割れて研究が中断されると、彼は椅子から跳ね起き、苛立ちをあらわにして窓辺へ歩み寄った。

「一日の仕事が台無しだ、ワトソン」彼は言った。「おや、星が出て風も収まった。ロンドンをぶらついてみないか?」

 僕は狭い居間にうんざりしていたので、喜んで同意した。三時間ほど二人で街を歩き、フリート街やストランドを流れる人の波を眺めながら、移り変わる人生の万華鏡を楽しんだ。ホームズは不機嫌をすっかり振り払い、細部への鋭い観察と微妙な推論力に満ちた会話で僕を飽きさせなかった。ベイカー街に戻ったのは夜十時。家の前には一台の二輪馬車が待っていた。

散歩


「ふむ……医者だな。一般開業医と見た」ホームズが言った。「開業してまだ長くはないが、仕事は多い。相談に来たんだろう。戻ってきて正解だったな!」

 僕はホームズの手法に慣れていたので、彼の推理を追うことができた。馬車の中、ランプの光に揺れる籐のバスケットに入った医療器具の種類と状態が、彼に即座の推論を与えたのだ。窓の灯りが、この遅い訪問が僕たちへのものだと示していた。こんな時間に同業者が訪ねてくる理由に興味を覚え、僕はホームズと一緒に居間へ入った。

 火のそばの椅子から立ち上がったのは、顔の細い、赤茶の髭を生やした男だった。年は三十代半ばほどだろうが、やつれた表情と不健康な顔色が、彼の力を奪い、若さを失わせていた。挙動は神経質で内気、繊細な紳士のようで、立ち上がりながら暖炉の上に置いた白く細い手は、外科医というより芸術家のものに見えた。服装は地味で黒いフロックコートに暗いズボン、ネクタイにわずかな色が差していた。

「こんばんは、先生」ホームズは明るく声をかけた。「ほんの数分しかお待ちになっていないようで安心しました」

「御者に話しかけられたのですか?」

「いいえ、脇机の蝋燭が教えてくれました。どうぞお掛けになって、私にできることをお話しください」

「私はパーシー・トレヴェリアン医師と申します。ブルック街403番地に住んでおります」

「神経障害についての論文を書かれた方ではありませんか?」僕は尋ねた。

 彼の蒼白な頬が、僕の言葉に喜びで赤らんだ。

「その研究について耳にすることは滅多にないので、もう忘れられたと思っていました。出版社からは売れ行きが芳しくないと聞かされました。あなたも医師でいらっしゃいますか?」

「僕は退役軍医です」

「私は昔から神経疾患に興味がありまして、専門にしたいと願っております。ただ、最初は何でも受けなければならないのが現実です。ですが本題に入りましょう、シャーロック・ホームズさん。あなたのお時間が貴重なのは承知しております。実は最近、ブルック街の私の家で非常に奇妙な出来事が続いておりまして、今夜ついに我慢できなくなり、すぐにでも助言とご助力をお願いせねばと思ったのです」

 ホームズは椅子に腰を下ろし、パイプに火をつけた。「もちろんお力になります。詳しく事情をお聞かせください」




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