シャーロック・ホームズ:新訳リブート

Sherlock Holmes: Rebooted Classics

— 現代の日本語でよみがえるホームズの物語 —

曲がった男

THE CROOKED MAN

「“曲がった背”に隠された、戦場の恋と復讐」

第5章「罪と記憶の行方」

 男はうつむき、卑屈な声で続けた。
「今の俺は背中がラクダみたいに曲がり、肋骨も歪んでる。だが昔は違った。第百十七歩兵連隊でヘンリー・ウッド伍長は一番の男だったんだ。インドの駐屯地、ブーティって場所でな。バークレイ――この前死んだ奴は同じ中隊の軍曹だった。そして連隊一の美女、いや、生まれてきた女で一番の娘がナンシー・デヴォイ、軍旗護衛軍曹の娘だった。二人の男が彼女を愛し、彼女が愛したのは一人。笑うだろうが、この火の前で縮こまってる俺が、昔はイケメンで彼女に愛されたんだ」

「彼女の心は俺にあったが、父親はバークレイと結婚させたがっていた。俺は向こう見ずで無鉄砲な若造、奴は教育を受けていて士官候補だった。だが彼女は俺を信じてくれた。俺が彼女を得られると思った矢先、反乱が起きて国中が地獄になった」

「ブーティで俺たちは籠城した。連隊と砲兵半分、シーク教徒の中隊、民間人と女たち。周囲には一万の反乱兵、まるでネズミ籠を囲むテリアの群れだ。二週目には水が尽き、ニール将軍の部隊に危険を知らせるしかなかった。女や子供を抱えて戦い抜くのは不可能だったからな。俺は志願した。バークレイ軍曹と話し、奴が地理に詳しいから経路を描いてもらった。夜十時、俺は壁を越えて旅に出た。救うべきは千の命だったが、俺の心にあったのはただ一人の命だったんだ」

敵兵につかまる


 俺の進んだ道は干上がった水路で、敵の哨兵から身を隠せると思っていた。だが角を曲がった途端、暗闇に潜んでいた六人に出くわした。瞬く間に殴られて気を失い、手足を縛られた。だが本当の打撃は頭じゃなく心だった。意識を取り戻し、奴らの会話を聞いて分かったんだ。俺に道を教えた仲間――バークレイが、現地人の召使いを使って俺を敵に売ったってことを。

 その部分を長々と話す必要はないだろう。ジェームズ・バークレイがどんな男か、もう分かったはずだ。翌日ニール将軍がブーティを救ったが、反乱兵は俺を連れ去った。長い年月、白人の顔を見ることはなかった。拷問され、逃げようとして捕まり、また拷問された。見ての通りの体になった。ネパールに逃げた連中に連れられ、さらにダージリンの奥へ。山の民が反乱兵を殺し、俺は奴隷にされた。やっと逃げても南へは行けず、北へ進んでアフガン人の中に紛れ込んだ。そこで何年もさまよい、最後にパンジャブへ戻った。現地人と暮らし、手品で生計を立てた。惨めな身体になった者がイギリスに戻ってどうする? 復讐心があっても仲間に知られる気はなかった。ナンシーや昔の仲間には、背筋を伸ばしたまま死んだヘンリー・ウッドだと思っていてほしかった。杖をついて猿みたいに這う姿を見せるくらいなら死んだ方がましだ。奴らは俺が死んだと信じ、俺もそう思わせ続けた。バークレイがナンシーと結婚し、連隊で出世していると聞いても、何も言えなかった。

 だが年を取ると故郷が恋しくなる。何年もイギリスの緑の野原や生け垣を夢に見た。死ぬ前に一度は見ようと決め、金を貯めて渡ってきた。そして兵士たちのいる場所に来た。彼らの習慣を知っているし、芸で楽しませて糧を得られるからだ。

「あなたのお話は非常に興味深いです」ホームズが言った。「すでにバークレイ夫人との再会については伺っています。あなたは彼女を追って家まで行き、窓から夫婦の口論を見た。そして彼女があなたへの裏切りを責めたのを聞き、感情に駆られて芝生を駆け抜け、部屋に飛び込んだのですね」

「そうだ、旦那。俺を見た瞬間、奴は人間の顔とは思えない表情をした。そして暖炉の縁に頭を打って倒れた。だが倒れる前にもう死んでいた。顔に死が刻まれていた。俺の姿を見ただけで、奴の罪深い心臓に弾丸が撃ち込まれたようなもんだ」
「それから?」
「ナンシーは気を失った。俺は彼女の手から鍵を取って扉を開け、助けを呼ぼうとした。だが考え直した。俺に不利に見えるし、捕まれば秘密も暴かれる。慌てて鍵をポケットに突っ込み、杖を落としたままテディを追った。奴がカーテンを駆け上がったからだ。箱に戻して、俺は逃げた」
「テディとは?」ホームズが尋ねた。

 男は身をかがめ、隅の小屋の前を開けた。瞬間、赤茶色の美しい生き物が滑り出た。細身でしなやか、イタチのような脚、細長い鼻、そして見事な赤い目。
「マングースだ!」僕は叫んだ。
「そう呼ぶ者もいるし、イクネウモンとも言う。俺は蛇捕りと呼んでる。テディはコブラを捕まえるのが早い。牙を抜いたのを一匹飼っていて、毎晩テディが捕まえて兵舎の連中を喜ばせるんだ」
「他に何かありますか?」
「夫人が本当に困ったときは、もちろん証言します」
「そうでなければ、死んだ男のスキャンダルを掘り返す必要はない。奴は三十年もの間、良心に苛まれていた。それで十分だ。……おや、通りの向こうにマーフィー少佐が。では失礼、ウッド。昨日から何か変化があったか聞いてみます」

 僕らは角に着く前に少佐に追いついた。
「やあ、ホームズ。もう聞いたろうが、騒ぎは全部無駄だった」
「どういうことです?」
「検死が終わった。医師の証言で死因は卒中だと決まった。結局、単純な事件だったんだ」

別れ


「いやぁ、実に表面的な話だったな」ホームズは笑みを浮かべた。「さあ、ワトソン。もうオールダショットで僕たちの出番はなさそうだ」

「ひとつ気になることがあるんだ」僕は駅へ向かう道すがら言った。「夫の名前はジェームズで、もう一人はヘンリーだろ? じゃあ“デイヴィッド”って話は何だったんだ?」

「その一言で、ワトソン。もし僕が君の言う理想的な推理家だったなら、全部分かったはずなんだ。あれは明らかに非難の言葉だよ」

「非難?」
「そうだ。ダビデ王(デイヴィット)は時々道を踏み外しただろう? しかも一度は軍曹ジェームズ・バークレイと同じ方向にね。ウリヤとバトシェバの小さな事件を覚えてるだろう? 聖書の知識は少し錆びついてるが、サムエル記の一巻か二巻に載っているはずだ」

🏙 登場地名・施設一覧

地名・施設名 概要・リンク
オールダショット (Aldershot) イギリス・ハンプシャー州にある町で、軍事基地として知られる。バークレイ大佐の駐屯地がある。 地図を見る
ウォータールー駅 (Waterloo Station) ロンドン中心部にある主要鉄道駅。ホームズとワトソンが利用する場面がある。 地図を見る
ハドソン通り (Hudson Street) 物語に登場する通り。バークレイ夫人とモリソン嬢が不気味な男と遭遇する場所。※架空の地名のためリンクなし
ワット通り礼拝堂 (Watt Street Chapel) 聖ジョージ組合の活動拠点となる礼拝堂。バークレイ夫人が集会に参加する。※架空の施設のためリンクなし
ラシーン邸 (Lachine Villa) バークレイ夫妻が暮らす屋敷。事件の舞台となる。※架空の施設のためリンクなし
パンジャブ (Punjab) インド北西部の地域。ヘンリー・ウッドが長く滞在し、生活を立てていた場所。 地図を見る
ダージリン (Darjeeling) インド北東部の町。ヘンリーが逃亡の途中で滞在した場所。 地図を見る
ネパール (Nepal) ヘンリーが反乱兵と共に連れられた地域。 地図を見る
アフガニスタン (Afghanistan) ヘンリーが流浪の末に辿り着いた場所。 地図を見る
ブーティ (Bhurtee) インドの駐屯地として登場。反乱時に連隊が籠城した場所。※架空の地名のためリンクなし


↑ ページの先頭へ戻る