シャーロック・ホームズ:新訳リブート

Sherlock Holmes: Rebooted Classics

— 現代の日本語でよみがえるホームズの物語 —

曲がった男

THE CROOKED MAN

「“曲がった背”に隠された、戦場の恋と復讐」

背中の曲がった男タイトル


●あらすじ
結婚後の静かな生活を送る僕=ワトソンのもとに、旧友ホームズが訪れる。彼らは軍人バークレイ大佐の急死をめぐる不可解な事件に関わることになる。大佐の妻ナンシー、旧友であり謎めいた過去を背負うヘンリー、そして軍の仲間たちが物語に絡み、友情・裏切り・愛情の複雑な関係が浮かび上がる。ホームズとワトソンの軽妙なやり取りを軸に、人間関係の影が事件を彩る推理譚。
「ストランド・マガジン」1893年7月号初出

●主な登場人物
- ワトソン:物語の語り手であり医師、ホームズの親友。
- シャーロック・ホームズ:鋭い観察力と推理力を持つ探偵。
- ジェームズ・バークレイ大佐:軍人、事件の中心人物となる。
- ナンシー・バークレイ夫人:大佐の妻、美貌と気品を備えた女性。
- ヘンリー・ウッド:かつての伍長、過去に大佐と因縁を持つ背中の曲がった男。
- モリソン嬢:バークレイ夫人の友人で、事件の目撃者。
- マーフィー少佐:軍の士官で、事件の情報源となる人物。
- 召使いたち(御者・女中):屋敷で夫婦の口論を目撃した人々。

第1章 「真夜中のベルは誰を呼ぶ?」

 僕が結婚してから数か月後の夏の夜のことだ。仕事でくたくたになった一日の終わり、暖炉の前で最後のパイプをくゆらせながら小説を読んでいた。妻はすでに二階へ上がっていて、少し前に玄関の鍵が閉まる音がしたから、召使いたちも休んだのだろう。
 僕は椅子から立ち上がり、パイプの灰を落としていた。すると突然、ベルの甲高い音が鳴り響いた。

 時計を見ると、もう十二時十五分前。こんな時間に訪問者なんてあり得ない。きっと患者だ、しかも夜通しの診察になるかもしれない。顔をしかめながら玄関へ出て扉を開けると――そこに立っていたのは、なんとシャーロック・ホームズだった。

「やぁ、ワトソン。まだ起きててくれて助かったよ」
「なんだよホームズ、こんな時間に。まあいい、入れよ」
「驚いた顔してるな。いや、むしろホッとしてるようにも見える。ふむ……まだ独身時代からのアーケイディア・ミックスを吸ってるんだな。そのふわっとした灰、見間違えようがない。ワトソン、君は軍服を着慣れてた人間だってすぐ分かるよ。ハンカチを袖に入れる癖を続けてる限り、純粋な市民には見えないな。――今夜泊めてくれないか?」
「もちろんだ」
「独身時代は一人用の部屋だって聞いたけど、今は来客もいないようだな。帽子掛けを見れば分かる」
「泊まってくれるなら嬉しいさ」

ホームズが帽子をかける


「ありがたい。じゃあ空いてるフックを使わせてもらうよ。……しかし、英国の職人を家に入れたんだな。あれは厄介の印だ。まさか排水管じゃないだろう?」
「いや、ガスだよ」
「なるほど。あいつ、靴の釘跡を二つ残していったな。ちょうど光が当たるリノリウムのところに。――いや、食事はウォータールーで済ませてきたんだ。だが君と一緒にパイプを吸うのは喜んで…」

 僕は煙草入れを差し出し、ホームズは向かいに腰を下ろしてしばらく黙って煙をくゆらせた。こんな時間に彼が訪ねてくるのは、よほど重大な用件に違いない。だから僕は黙って待った。

「ワトソン、君は最近ずいぶん忙しそうだな」ホームズが鋭い目で僕を見た。
「そうだ、今日は特に忙しかった。……でもどうして分かったんだ? 僕には見当もつかない」
 ホームズはくすっと笑った。
「君の習慣を知ってるからさ、ワトソン。往診が短いときは歩くし、長いときは二輪馬車を使う。靴は使い込まれてるが汚れてはいない。つまり今は馬車を使うほど忙しいってことだ」
「見事だ!」僕は思わず声を上げた。
「初歩的なことだよ」ホームズは肩をすくめた。「推理ってのは、相手が見落とした小さな一点を拾うだけで、妙に大きな効果を生むんだ。君の文章も同じだよ、ワトソン。読者に伝えない要素を自分の手元に残しておくから、妙に劇的に見える。今の僕はその読者と同じ立場だ。奇妙な事件の糸をいくつも握っているが、理論を完成させるための一本か二本がまだ足りない。でも必ず手に入れる、ワトソン、必ずだ!」
 彼の目が燃えるように輝き、頬に赤みが差した。ほんの一瞬、鋭く激しい本性が垣間見えたが、すぐにまた冷静な仮面に戻った。まるで機械のようだと人に思わせる、あの無表情な顔に。

「この事件は非常に興味深い特徴を持っている。いや、特別と言っていい。すでに調べていて、解決に近づいていると思う。最後の一歩を君が共にしてくれれば、大いに助かる」
「喜んで」
「明日、オールダショットまで行けるか?」
「ジャクソンが僕の診療を代わってくれるだろう」
「よし。ウォータールー発十一時十分の列車に乗りたい」
「それなら間に合う」
「じゃあ、眠くなければ事件の概要を話そう。何が起きて、何が残っているかを」
「君が来る前は眠かったが、今はすっかり目が覚めた」
「では要点を省かずに、できるだけ簡潔に話そう。君も新聞で読んだかもしれないが――僕が調べているのは、オールダショット駐屯のロイヤル・マンスター連隊のバークレイ大佐の殺人事件だ」
「初耳だ」
「まだ地元以外では注目されていない。事実は二日前のことだ。簡単に言えばこうだ。

 ロイヤル・マンスター連隊は、英国陸軍でも有名なアイルランドの部隊だ。クリミア戦争でもインドの反乱でも大活躍し、その後も折々に功績を挙げてきた。月曜の夜までその指揮を執っていたのがジェームズ・バークレイ大佐だ。彼は最初は一兵卒だったが、反乱の際の勇敢さで士官に昇進し、ついにはかつて銃を担いだその部隊を率いるまでになった。



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