株式仲買店員
THE STOCK-BROKER’S CLERK
「ヘッドハンティング先が怪しすぎて、知らぬ間に大事件」

●あらすじ
新婚のワトソン医師は診療に追われつつも、旧友ホームズとの再会を果たす。そこへ若き事務員パイクロフト氏が現れ、奇妙な体験を語り始める。ホームズは冷静に耳を傾け、ワトソンは友人として寄り添い、依頼人は不安を抱えながらも二人に信頼を寄せるのである。探偵と医師、そして依頼人の三者が絡み合い、都市の影に潜む不可解な事件へと導かれていく。
●主な登場人物
- シャーロック・ホームズ:鋭い観察力と推理力を持つ探偵で、依頼人によりそいながら事件を解く。
- ジョン・ワトソン:医師でありホームズの友人、語り手として「僕」として物語を進める。
- ホール・パイクロフト:若い事務員で依頼人、奇妙な体験を説明しホームズに助けを求める。
- アーサー・ピナー:金融代理人を名乗る男、パイクロフトを怪しい会社へ誘う。
- ハリー・ピナー:アーサーの兄とされる人物、事件の核心に関わる存在。
第1章 「診療所に現れた名探偵」
僕が結婚して間もなく、パディントン地区で診療所を買い取った。売り手はファークハー老人で、かつては立派な総合診療所を営んでいたが、年齢と舞踏病のような持病のせいで患者はすっかり減ってしまっていた。人々は「他人を癒す者はまず自分が健康であるべきだ」と考えるものだ。薬の効かない病を抱えた医者に治療を任せる気にはならない。そうして彼の診療所は衰え、僕が引き継いだときには年収が千二百ポンドから三百ポンドほどにまで落ち込んでいた。だが僕は若さと精力を信じていたし、数年もすれば再び繁盛すると確信していた。三か月間は仕事に追われ、ベイカー街の友人シャーロック・ホームズともほとんど会えなかった。僕は忙しすぎて訪ねる暇がなく、彼も仕事以外では滅多に外出しないからだ。だから六月のある朝、朝食後に《英国医療ジャーナル》を読んでいた僕の家にベルが鳴り響き、あの甲高い声が聞こえたときは驚いた。
「やあ、ワトソン君!」
部屋にずかずか入ってきたホームズが言う。「会えて嬉しいよ!奥さんも《四つの署名》の冒険での騒ぎから、すっかり回復されたかな?」
「ありがとう。二人とも元気だよ。」僕は彼の手をしっかり握った。
「それは良かった。」ホームズは揺り椅子に腰を下ろす。「ところで、医者としての忙しさで、君が昔楽しんでいた推理の問題への興味まで消えてしまったわけじゃないだろうね?」
「いや、むしろ昨夜は昔の記録を見返して、過去の成果を整理していたところさ。」
「じゃあ、まだコレクションは終わりじゃないわけだ。」
「もちろん。むしろ、もっと経験を積みたいと思ってる。」
「今日なんてどうだ?」
「いいね、今日でも。」
「バーミンガムまで行くことになっても?」
「君が望むなら、もちろん。」
「診療所は?」
「隣の医者と交代でやってる。彼も借りを返すつもりでいつでも引き受けてくれるんだ。」
「はは、申し分ない。」ホームズは椅子に深くもたれ、半眼で僕を鋭く見た。「君、最近体調を崩していたね。夏風邪は厄介だ。」
「先週、三日間ひどい寒気で家に閉じこもってた。でももう完全に治ったと思ってたんだ。」
「確かに、今は元気そうだ。」
「じゃあ、どうしてわかったんだ?」
「僕のやり方を知ってるだろう?」
「つまり推理したんだな?」
「もちろん。」
「何から?」
「君のスリッパさ。」
僕は足元の新品のエナメル革のスリッパを見下ろした。「どうして――」と言いかけたが、ホームズは先に答えた。
「そのスリッパは新品だ。数週間しか履いてないはずだ。今僕に見せている靴底は少し焦げている。最初は濡れて乾かすときに焼けたのかと思った。でも甲の近くに店員の記号が書かれた紙片が残っている。湿気があれば消えているはずだ。つまり君は火の前で足を伸ばしていた。健康なら、いくら雨の多い六月でもそんなことはしない。」
説明されると、いつものように単純明快に思える。僕の顔に浮かんだ感情を読み取ったホームズは、少し苦い笑みを浮かべた。
「説明すると種明かしになるのが難点だね。原因を示さない結果の方が印象的なんだ。さて、バーミンガムに行く準備はいいか?」
「もちろん。どんな事件なんだ?」
「列車の中で全部話そう。依頼人が外の四輪馬車で待っている。すぐに来られるか?」
「すぐに。」僕は隣の医者にメモを書き、妻に事情を説明し、玄関でホームズに合流した。
「隣も医者なんだな。」ホームズは表札を見てうなずいた。
「ああ、僕と同じように診療所を買ったんだ。」
「古くからある診療所か?」
「僕のと同じ。家が建ったときからずっと続いてる。」
「なるほど、じゃあ君の方が良い場所を手に入れたね。」
「そう思うけど、どうしてわかる?」
「階段さ。君の家の段差は隣より三インチ深くすり減ってる。さて、馬車にいるのが依頼人のホール・パイクロフト氏だ。紹介しよう。御者君、馬を急がせてくれ、列車に間に合うように!」
