まだらの紐
THE SPECKLED BAND
「“まだらの紐”が夜を這う──密室の死を解き明かせ」
第5章 “まだらのひも”の正体
――あの夜のことを、僕は一生忘れないだろう。音ひとつ聞こえない。呼吸の音すらない。それでも、すぐそばにホームズが目を開けたまま座っているのがわかる。僕と同じく、神経を張り詰めて。
シャッターは光を完全に遮断し、部屋は漆黒だった。外からは時折、夜鳥の鳴き声が聞こえ、窓のすぐそばでは、猫のような長い唸り声――チーターが放たれていることを思い出させる。
遠くからは、教会の時計の低い鐘の音が、15分ごとに響いてきた。どれほど長く感じられたことか。12時、1時、2時、3時……僕たちはただ、沈黙の中で待ち続けた。
突然、通気口のあたりに一瞬だけ光が走った。すぐに消えたが、代わりに焦げた油と熱せられた金属の匂いが漂ってきた。隣の部屋で誰かが暗灯を点けたのだ。
かすかな物音がして、また静寂が戻った。だが、匂いはどんどん強くなっていく。
僕は耳をそばだてて、30分以上もじっとしていた。すると、また別の音が聞こえてきた。まるでヤカンから蒸気が細く漏れ出すような、優しくて不気味な音――。
その瞬間、ホームズがベッドから飛び上がり、マッチを擦って灯りを点けると、ステッキでベルの紐を激しく叩き始めた!
「見たか、ワトソン!」
彼が叫んだ。「見えたか!」

……だが、僕には何も見えなかった。マッチの光が目に飛び込んできて、何が起きているのか判別できなかった。ただ、低く澄んだ口笛の音が耳に残っていた。
ホームズの顔は真っ青で、恐怖と嫌悪に満ちていた。彼は打つのをやめ、通気口をじっと見上げていた。
そのとき――
夜の静寂を引き裂くような、恐ろしい叫び声が響いた。痛みと恐怖と怒りが混ざり合った、獣のようなうなり声。村の人々も、遠くの牧師館の住人すら、目を覚ましたという。
その声は僕たちの心を凍らせ、僕はホームズを見つめ、彼も僕を見返した。やがて、叫びの余韻が静寂に溶けていった。
「……どういうことだ?」
僕は息を呑んで尋ねた。
「……終わったということだ」
ホームズは静かに答えた。「そして、ある意味では……これでよかったのかもしれない。拳銃を持って、ロイロット博士の部屋へ行こう」
彼は真剣な表情でランプに火を灯し、廊下を先導した。部屋のドアを二度叩いたが、返事はなかった。彼はドアノブを回し、僕は拳銃を構えたまま後に続いた。
そこで目にした光景は、あまりにも異様だった。
テーブルの上には、半分シャッターが開いた暗灯が置かれ、鉄の金庫に光を当てていた。金庫の扉は半開きになっている。
その横の木の椅子には、ロイロット博士が座っていた。灰色の長い寝間着をまとい、足元には赤いトルコ風のスリッパ。裸足の足首が覗いていた。
膝の上には、昼間見たあの短い柄と長いムチのついた棒が置かれていた。顎は上を向き、目は天井の隅を恐ろしいほど硬直したまま見つめている。
そして――彼の額には、黄色に茶色の斑点がある、奇妙な“紐”がきつく巻きついていた。
僕たちが入っても、彼は一言も発せず、微動だにしなかった。
「……斑の帯だ。あれが“まだらの紐”の正体だ」
ホームズが低くささやいた。
僕が一歩踏み出した瞬間、ロイロット博士の奇妙な頭飾りが動き出した。髪の間から、菱形の平たい頭と膨らんだ首を持つ、見るもおぞましい蛇がもたげてきた。
「インド最凶の毒蛇、沼毒ヘビだ!」
ホームズが叫んだ。「噛まれてから十秒で死に至る。暴力は、結局自分に跳ね返るものだ。罠を仕掛けた者が、自らその穴に落ちる……この蛇を巣に戻して、ストーナーさんを安全な場所へ移し、郡警察に報告しよう」
そう言いながら、ホームズは死体の膝に置かれていた犬用のムチを素早く手に取り、輪になった紐を蛇の首に引っ掛けた。そして腕を伸ばして蛇を持ち上げ、鉄製の金庫に放り込んで扉を閉めた。
――これが、ストーク・モランのグリムズビー・ロイロット博士の死の真相だ。

これ以上長々と語る必要はないだろう。怯えたヘレン嬢に悲報を伝えたこと、翌朝の列車でハローの優しい叔母のもとへ送り届けたこと、そして公式の調査が「危険なペットと軽率に戯れた結果の事故死」と結論づけたこと。
事件の残された細部は、翌日ホームズと一緒に帰る道中で彼が語ってくれた。
「実はね、ワトソン君。僕は最初、完全に見当違いの推理をしていたんだ」
ホームズは言った。「これは、十分な情報がないまま推理することが、いかに危険かを示している。ジプシーの存在と、彼女が口にした“band”という言葉――あれが、マッチの灯りで一瞬見えた蛇の姿を説明しようとしたものだったのに、僕はそれを文字通りジプシーの“集団(band)”と解釈してしまった」
「でも、すぐに修正したんだね?」
「そう。部屋の危険が窓やドアから来るものでないとわかった時点で、すぐに考え直した。通気口と、ベッドに垂れ下がるベルの紐に注意が向いた。紐が偽物で、ベッドが床に固定されていたことで、紐が何かを通す“橋”なのではと疑った。蛇の存在がすぐに頭に浮かんだ。そして、博士がインドから奇妙な生物を取り寄せていることを知っていたから、確信に近づいた」
「化学検査で検出できない毒を使うなんて、まさに冷酷で頭の切れる男の発想だね」
「うん。即効性があるのも、彼にとっては都合が良かった。検死官が、毒牙の小さな痕を見抜くのは至難の業だ。次に思い至ったのが、口笛だ。蛇を呼び戻す必要があるからね。ミルクで訓練して、呼べば戻るようにしていたんだろう。彼は蛇を通気口から送り込み、紐を伝ってベッドへと導いた。噛むかどうかは運次第。何日かは逃れても、いつかは必ず犠牲になる」
「君は、部屋に入る前からそこまで考えていたのか?」
「椅子を見て、彼がそこに立って通気口に手を伸ばしていたことがわかった。金庫、ミルク皿、ムチの輪――それで疑いは完全に晴れた。ストーナー嬢が聞いた金属音は、博士が蛇を金庫に戻すときの音だったんだ。そこまで確信したら、あとは実行あるのみ。君も聞いたろう、あの蛇のシューッという音。僕はすぐに灯りを点けて、攻撃した」
「それで、蛇は通気口を通って戻ったんだね」
「そして、怒り狂って最初に見た人間に襲いかかった。僕の杖の一撃が蛇の気性を刺激してしまったんだ。結果的に、博士は自分の仕掛けた罠にかかって命を落とした。……まあ、僕の良心がそれで重くなることは、まずないだろうね」
🏙 登場地名・施設一覧
| 地名・施設名 | 概要とGoogleマップリンク |
|---|---|
| ベイカー街(Baker Street) |
ホームズとワトソンが暮らすロンドンの名探偵事務所の所在地。架空の「221B」は有名だが、通り自体は実在する。
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| ストーク・モラン(Stoke Moran) | ヘレンとロイロット博士が住む田舎の屋敷がある地名。物語上の架空地名のためリンクなし。 |
| クラウン・イン(Crown Inn) | ホームズとワトソンが宿泊する村の宿屋。物語上の架空施設のためリンクなし。 |
| ハロー(Harrow) |
ヘレンの避難先である叔母の住む町。ロンドン北西部に実在する住宅地。
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| レザーヘッド(Leatherhead) |
ストーク・モラン近郊の町。ホームズたちはここまで列車で移動し、馬車で屋敷へ向かう。
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| ウォータールー駅(Waterloo Station) |
ホームズとワトソンがレザーヘッド行きの列車に乗ったロンドンの主要駅。現在もサウス・ウェスト方面の拠点駅として機能している。
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