青いガーネット
THE BLUE CARBUNCLE
「盗まれた宝石と、クリスマスの奇跡」

●あらすじ
クリスマスの朝、ロンドンの街角で拾われた一羽のガチョウと古びた帽子。名探偵シャーロック・ホームズと相棒ワトソンは、何気ない品々に隠された謎を追うことになった。
ホテルのアテンダント、市場の商人、謎の小男──人々の思惑が交錯するなか、ホームズの推理が光る!
「ストランド・マガジン」1892年1月号初出
●主な登場人物
- シャーロック・ホームズ:名探偵。帽子とガチョウに隠された謎を推理で解き明かす。
- ジョン・ワトソン:ホームズの親友で語り手。冷静に事件を見守る医師。
- ヘンリー・ベイカー:帽子とガチョウの持ち主。事件には無関係な善良な紳士。
- ピーターソン:便利屋。帽子とガチョウを拾ってホームズに届ける。
- ジェームズ・ライダー:ホテルの案内係。事件の鍵を握る小心者。
- キャサリン・キューザック:伯爵夫人付きのメイド。ライダーの共犯者。
- ジョン・ホーナー:配管工。濡れ衣を着せられた不運な男。
- ブレッキンリッジ:市場の鳥商人。ガチョウの流通経路を握る頑固者。
- マギー・オークショット:ライダーの姉。ガチョウを育てて市場に卸す。
- モーカル伯爵夫人:宝石の持ち主。事件の発端となる人物。
第1章 帽子とガチョウと、冬の朝
クリスマスの二日後の朝、僕は親友シャーロック・ホームズの部屋を訪ねた。季節の挨拶をするつもりだったんだ。ホームズは紫色のガウン姿でソファに寝そべっていて、右手にはパイプラック、そばにはくしゃくしゃになった朝刊が山積みになっていた。どうやらさっき読んだばかりらしい。ソファの横には木製の椅子が置かれていて、その背もたれの角には、ボロボロでみすぼらしいフェルト帽が引っかかっていた。あちこちひび割れていて、見るからに年季が入ってる。椅子の座面にはレンズとピンセットが置かれていて、どうやらこの帽子は調査対象らしい。

「忙しいところだったかい?」僕が声をかけると、ホームズは顔を上げた。
「いや、まったく。むしろ君のような友人がいてくれて助かるよ。ちょうど結果を話したいと思っていたところだ。まあ、これはごく些細な話なんだがね」そう言って、彼は親指で例の帽子を指した。「とはいえ、ちょっとした興味深い点もあって、学びになる部分もあるんだ」
僕は彼の肘掛け椅子に腰を下ろし、パチパチと音を立てる暖炉の火に手をかざした。外は冷え込みが厳しく、窓には氷の結晶がびっしりと張りついていた。
「見た目は地味だけど、きっと何か恐ろしい事件が絡んでるんだろう? この帽子が謎を解く鍵になって、犯人を追い詰めるとかさ」
「いやいや、犯罪じゃないよ」ホームズは笑いながら首を振った。「これはね、ロンドンに四百万人もの人間がひしめき合って暮らしていると、時々起こる奇妙な出来事のひとつなんだ。人間が密集して動き回っていると、あらゆる組み合わせの事件が起こり得る。犯罪じゃなくても、奇抜で面白い問題が生まれることがある。そういうのは、僕らも何度か経験してるだろう?」
「確かにね」僕は頷いた。「僕が最近書き加えた六件の記録のうち、三件はまったく犯罪と無関係だった」
「その通り。君が言ってるのは、アイリーン・アドラーの書類を取り戻す件、メアリー・サザーランド嬢の奇妙な話、そして唇のねじれた男の冒険だろう? 今回の件も、きっとその無害なカテゴリーに入ると思うよ。ところで、ピーターソンって知ってるだろう? あの退役軍人の便利屋の」
「うん、知ってるよ」
「この帽子は、彼が持ってきたものなんだ」
「彼の帽子なのか?」
「いや、違う。彼が拾ったんだ。持ち主は不明さ。だからこれは、ただのボロ帽子じゃなくて、知的な問題として見てほしい。まず、これがどうやってここに来たかだ。クリスマスの朝に届いたんだ。立派な太ったガチョウと一緒にね。今頃ピーターソンの暖炉の前で、いい感じに焼けてるだろうな」
ホームズは少し身を乗り出して話を続けた。
「事の発端はこうだ。クリスマスの朝、午前四時ごろ。ピーターソンはちょっとした飲み会の帰りで、トッテナム・コート・ロードを歩いていた。彼は誠実な男だから、酔ってもちゃんと家に帰るんだ。そのとき、ガス灯の下に、少しふらつきながら歩いている背の高い男を見かけた。肩には白いガチョウをぶら下げていた。
その男がグッジ・ストリートの角に差しかかったとき、数人のチンピラと揉め始めたんだ。チンピラの一人が男の帽子を叩き落とした。男は棒を振り上げて応戦しようとしたんだけど、その勢いで背後の店の窓ガラスを割ってしまった。
ピーターソンはすぐに駆け寄って、男を助けようとした。だけど男は、窓を割ったことに驚いて、制服姿のピーターソンを見て警官だと思ったんだろうね。ガチョウを落として、慌てて逃げ出した。トッテナム・コート・ロードの裏にある細い路地に消えていったよ。
チンピラたちもピーターソンの登場に驚いて逃げたから、結局その場には彼だけが残った。そして、戦利品としてこのボロ帽子と、文句なしのクリスマス・ガチョウを手に入れたってわけさ」

「それって、持ち主に返したんじゃないのか?」
僕がそう言うと、ホームズは肩をすくめて答えた。
「そこが問題なんだよ、ワトソン。確かにね、ガチョウの左足には『ヘンリー・ベイカー夫人へ』って書かれた小さなカードが結びつけられていた。そして帽子の裏地には『H.B.』ってイニシャルも読み取れる。でもね、ロンドンにはベイカーって名字の人が何千人もいて、ヘンリー・ベイカーって名前の人も何百人といる。だから、持ち主を特定するのは簡単じゃないんだ」
「じゃあ、ピーターソンはどうしたんだ?」
「クリスマスの朝に、帽子とガチョウを両方持って僕のところに来たよ。彼はね、どんな些細な問題でも僕が興味を持つって知ってるからね。ガチョウは今朝まで保管してたんだけど、軽い霜が降りてたとはいえ、そろそろ食べたほうがいいって判断してね。だから、ピーターソンが持ち帰って、ガチョウとしての最終的な運命をまっとうさせたわけさ。僕の手元には、クリスマスディナーを失った紳士の帽子だけが残ってる」
「広告とか出さなかったのか?」
「いや、出してないよ」
「じゃあ、持ち主の手がかりは?」
「僕らが推理できる範囲だけだね」
「帽子から?」
「その通り」
「冗談だろ? こんなボロボロのフェルト帽から何がわかるっていうんだよ」
「これが僕の虫眼鏡だ。僕のやり方は君も知ってるだろ? この帽子をかぶってた人物について、君自身が何か読み取れるか試してみてくれ」
僕はそのくたびれた帽子を手に取って、少し残念な気持ちでひっくり返した。形はよくある黒の丸型で、硬くてかなり使い込まれていた。裏地は赤い絹だったようだけど、色がだいぶくすんでいる。メーカー名はなし。ただ、ホームズが言った通り「H.B.」のイニシャルが片側に雑に書かれていた。つばには帽子留め用の穴が開いていたけど、ゴムは失われていた。全体的にひび割れがあり、ひどく埃っぽくて、あちこちにシミがあった。インクで汚れを隠そうとした形跡もある。
「何もわからないよ」僕は帽子をホームズに返しながら言った。
「いやいや、ワトソン。君はすべてを見ている。ただ、それをどう解釈するかができていないだけだ。君は推論するのに慎重すぎるんだよ」
「じゃあ、教えてくれよ。この帽子から何がわかるっていうんだ?」
ホームズは帽子を手に取り、いつもの内省的な目つきでじっと見つめた。
「まあ、もう少し情報があればよかったんだけどね。でも、いくつかはっきりした推論ができるし、かなり高い確率で言えることもある。まず、この男はかなり知的な人物だったのは明らかだ。そして、三年前まではそこそこ裕福だった。でも今は落ちぶれている。先見の明はあったけど、今はそれも衰えている。つまり、道徳的にも退化してるってことだ。生活の没落と合わせて考えると、何か悪い影響を受けてる可能性が高い。たぶん酒だろうね。そして、彼の妻が彼をもう愛していないっていうのも、明白な事実だ」
「ちょっと待ってくれよ、ホームズ!」
僕の抗議を無視して、ホームズは話を続けた。
「とはいえ、彼はまだ多少の自尊心は残している。彼は座りっぱなしの生活をしていて、外出は少なく、まったく鍛えていない。中年で、髪は白髪混じり。数日前に散髪していて、ライムクリームで整えている。これらはすべて、この帽子から読み取れる明白な事実だ。ちなみに、彼の家にはガスが通っていない可能性が高いね」
「冗談だろ、ホームズ」
「まったく冗談じゃないよ。僕がここまで結果を示しても、君はまだその根拠が見えないのか?」
「僕がバカなのは認めるけど、正直、君の推論にはついていけないよ。たとえば、どうしてこの男が知的だってわかったんだ?」
ホームズは答えの代わりに帽子を頭にかぶった。帽子は彼の額を覆い、鼻の橋までずり落ちた。
「これは容積の問題さ。脳がこれだけ大きいなら、中身もそれなりにあるってことだよ」
「じゃあ、生活が落ちぶれたっていうのは?」
「この帽子は三年前のものだ。縁が平らで、端がカールしてるタイプはその頃流行った。しかも、最高級品だ。リブ入りの絹のバンドと、裏地の質を見てみろ。三年前にこれだけ高価な帽子を買えた男が、それ以来新しい帽子を買ってないってことは、確実に生活が落ちてるってことだ」
「なるほど、それは納得だ。でも、先見の明と道徳的退化ってのは?」
ホームズは笑って、帽子留めの小さな円盤とループを指差した。
「これが先見の明さ。こんなの、帽子には普通ついてない。わざわざ注文したってことは、風対策を考えてたってことだ。でも、今はゴムが切れてるのに直してない。つまり、昔より先を見なくなってる。性格が弱ってきてる証拠だよ。とはいえ、フェルトのシミをインクで隠そうとした形跡がある。これは、まだ完全には自尊心を失ってないってことだ」
「君の推論は確かに説得力があるね」
「さらに言えば、中年で白髪混じり、最近散髪していて、ライムクリームを使ってるってのは、裏地の下部をよく見ればわかる。レンズで見ると、散髪された髪の切れ端がたくさん付着してる。しかも粘着性があって、ライムクリームの匂いがはっきりする。この埃も、街のざらざらした灰色じゃなくて、室内のふわふわした茶色の埃だ。つまり、この帽子はほとんど室内に掛けられていたってこと。そして、内側の湿った跡は、持ち主がかなり汗をかいていた証拠。つまり、まったく鍛えてないってことだ」
「でも、奥さんが彼を愛してないっていうのは?」
「この帽子、何週間もブラシをかけられてない。もし君が、ワトソン、帽子に一週間分の埃をつけたまま外に出て、君の奥さんがそれを許してたら、僕は君も奥さんの愛を失ったんじゃないかって心配するよ」
「でも、彼は独身かもしれないだろ?」
「いや、ガチョウを持ち帰ってたんだ。奥さんへの仲直りの贈り物さ。鳥の足のカードを思い出してみろ」
「君って、ほんと何でも答えがあるんだな。でも、どうして彼の家にガスが通ってないってわかるんだ?」
「獣脂のシミが一つや二つなら偶然かもしれない。でも、五つもあるとなれば、彼が頻繁にロウソクの火と接しているってことだ。たぶん夜、階段を上るときに帽子を片手に、もう片方にロウソクを持ってるんだろうね。ガス灯じゃ、こんなシミはつかないからね。どうだい、納得したかい?」
「いやぁ、見事だよ」僕は笑いながら言った。「でも、さっき君が言った通り、犯罪は起きてないし、失われたのはガチョウだけだろ? これだけの推理をするには、ちょっとエネルギーの無駄じゃないか?」
ホームズが何か言いかけたその瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。ピーターソンが顔を真っ赤にして、目を見開いたまま飛び込んできた。まるで雷に打たれたみたいな表情だった。
「ガチョウです! ホームズさん、ガチョウが!」
彼は息を切らしながら叫んだ。
「ほう? それがどうしたんだい? まさか生き返って、台所の窓から飛び出したとか?」
ホームズはソファの上で体をひねり、ピーターソンの興奮した顔をじっと見つめた。