シャーロック・ホームズ:新訳リブート

Sherlock Holmes: Rebooted Classics

— 現代の日本語でよみがえるホームズの物語 —

オレンジの種五つ

THE FIVE ORANGE PIPS

「届いたのは“死の種”──復讐の連鎖を止めろ!」

第5章 嵐による審判

「ホームズ!」僕は叫んだ。「……遅かったんだ」

「……ああ」彼はカップを置きながら静かに言った。「そうじゃないかと思っていた。どうやって……?」

 声は落ち着いていたが、彼の目には深い動揺が浮かんでいた。

「新聞の見出しに“ウォータールー橋付近の悲劇”ってあって、オープンショウの名前が目に入ったんだ。記事はこうだよ――

『昨夜九時から十時の間、H管区のクック巡査がウォータールー橋付近で勤務中、助けを求める叫び声と水音を聞いた。だが夜は非常に暗く、嵐も激しかったため、通行人の協力にもかかわらず救助は不可能だった。通報を受けた水上警察の協力で、後に遺体は引き上げられた。身元はポケットにあった封筒から判明し、ホーシャム近郊在住の若者ジョン・オープンショウ氏と確認された。彼はウォータールー駅から最終列車に乗ろうとしていたと推測され、暗闇の中で足を踏み外し、河川汽船用の小さな桟橋から転落したものと思われる。遺体には暴行力の痕跡はなく、事故死と見られる。この記事が河岸の桟橋の安全性に対する関係当局の注意を促すことを願う』」

 僕たちはしばらく沈黙したまま座っていた。ホームズは、僕が今まで見た中で最も沈んだ表情をしていた。

「……これは、僕の誇りを傷つけるよ、ワトソン」彼はようやく口を開いた。「くだらない感情かもしれない。でも、誇りが痛む。もうこれは個人的な問題だ。神が僕に健康を与えてくれるなら、必ずこの連中を捕まえてみせる。彼は助けを求めて僕の元に来たのに、僕は彼を死へ送り出してしまった……!」

 ホームズは椅子から跳ね上がり、部屋の中を激しく歩き回った。頬は紅潮し、長く細い指は緊張で何度も握られ、開かれた。

「奴らは、よほど狡猾な悪魔だな……」彼はついに叫んだ。「どうやって彼をあそこまで誘い込んだ? エンバンクメントは駅への直通ルートじゃない。橋は、あんな夜でも人が多すぎて使えなかったはずだ。……まあいい、ワトソン。勝負はこれからだ。僕は出かける!」

「警察へ?」

「いや、僕自身が警察になる。網を張り終えたら、奴らを捕まえさせればいい。だが、それまでは誰にも触らせない」

 その日、僕は仕事に追われていて、ベイカー街に戻ったのは夜遅くだった。ホームズはまだ帰っていなかった。彼が戻ったのは十時近くで、顔は青ざめ、疲れ切っていた。

 彼は黙ってサイドボードへ向かい、パンをちぎってむさぼるように食べ、水を一気に飲み干した。

「……腹が減ってるみたいだね」僕が言うと、

「飢えてるよ。すっかり忘れてた。朝から何も食べてない」

「何も?」

「一口も。考える暇もなかった」

「で、成果は?」

「上々だ」

「手がかりは?」

「もう、掌の中にある。若いオープンショウは、そう長くは無念のままじゃいられない。さあ、ワトソン。奴らの悪魔的な印を、奴ら自身に返してやろう。これは、いい案だ」

「どういうことだい?」

 ホームズは戸棚からオレンジを取り出し、手で引き裂いて種を絞り出した。その中から五つを選び、封筒に入れた。そして、封筒の内側にこう書いた――“S.H. for J.O.”。それを封印し、宛名を書いた。

「ジェームズ・カルフーン船長宛、帆船ローン・スター号、ジョージア州サバンナ」

「奴が港に着いたとき、これが待っている」ホームズはくすっと笑った。「眠れぬ夜になるだろう。オープンショウが受け取ったのと同じ、運命の前触れになるはずだ」

「そのカルフーン船長って誰なんだ?」

「奴らのリーダーだ。他の連中も捕まえるが、まずは奴からだ」

「どうやって突き止めたんだ?」

 ホームズはポケットから大きな紙を取り出した。そこには日付と名前がびっしりと書かれていた。

「今日一日ずっと、ロイド船籍簿と古い新聞を調べてた。1883年の1月と2月にポンディシェリに寄港した船の記録を追ったんだ。報告された船は36隻。その中で、ローン・スター号がすぐに目に留まった。ロンドンから出港したとされていたが、名前はアメリカの州に由来するものだった」

「テキサス、かな?」

「確信はないが、アメリカ由来なのは間違いない」

「それで?」

「次にダンディーの記録を調べた。1885年1月にローン・スター号がそこにいたと分かった時点で、確信に変わった。次に、現在ロンドン港に停泊している船を調べた」

「それで?」

「ローン・スター号は先週ロンドンに到着していた。今朝の早い潮で川を下り、サバンナへ向けて出港した。グレイブズエンドに電報を打ったら、すでに通過済み。風は東向きだから、今頃はグッドウィンズを越えてワイト島の近くまで来ているだろう」

「それで、どうするつもりなんだ?」

「もう、奴らは僕の掌の中だ。船にいるアメリカ生まれの乗組員は、船長と二人の航海士だけ。他はフィンランド人とドイツ人だ。昨夜、三人とも船を離れていたことも分かってる。荷積みをしていた港湾作業員から聞いた。

 彼らの帆船がサバンナに着く頃には、郵便船がこの手紙を届けている。そして、海底電信でサバンナ警察には、殺人容疑でこの三人を逮捕するよう連絡済みだ」

 だが――人間の計画には、どんなに綿密でも必ず綻びがある。

 ジョン・オープンショウの殺人犯たちは、結局このオレンジの種を受け取ることはなかった。あの年の秋分の嵐は、例年になく長く、激しかった。

 僕たちはローン・スター号の消息を待ち続けたが、何の報せも届かなかった。ようやく届いたのは、大西洋の遥か沖で、波間に揺れる船尾の破片が発見されたという報告だけだった。そこには“L.S.”の文字が刻まれていた。

 それが、ローン・スター号の運命について、僕たちが知ることのできたすべてだった。

「オレンジの種五つ」終り  次は「唇のねじれた男」です。


🏙 登場地名・施設一覧

地名・施設 概要
ベイカー街(Baker Street) ホームズとワトソンの下宿があるロンドンの名探偵の拠点。 地図を見る
ホーシャム(Horsham) オープンショウ家の居住地で、事件の発端となる場所。 地図を見る
ウォータールー橋(Waterloo Bridge) ロンドン中心部の橋。物語中で悲劇が起こる場所。 地図を見る
ポンディシェリ(Pondicherry) 最初の脅迫状の消印が押されていたインドの港町。 地図を見る
ダンディー(Dundee) 2通目の手紙の発信地。スコットランドの港町。 地図を見る
サバンナ(Savannah) アメリカ・ジョージア州の港町。事件の黒幕が向かう先。 地図を見る
グレイブズエンド(Gravesend) ロンドン東部の港町。ローン・スター号が通過した地点。 地図を見る
ワイト島(Isle of Wight) ローン・スター号が通過したとされるイギリス南部の島。 地図を見る
アルバート・ドック(Albert Dock) ロンドンの港湾施設。ローン・スター号が出港した場所。 地図を見る
ポーツダウン・ヒル(Portsdown Hill) フリーボディ少佐が駐屯する砦がある丘陵地帯。 地図を見る


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