オレンジの種五つ
THE FIVE ORANGE PIPS
「届いたのは“死の種”──復讐の連鎖を止めろ!」

若き紳士ジョン・オープンショウが、謎めいた脅迫状と家族に降りかかる不可解な死を抱えて、名探偵シャーロック・ホームズのもとを訪れる。語り手のワトソンは、ホームズの推理を間近で見守りながら、事件の核心へと迫っていく。過去と現在が交錯する恐怖の連鎖に、ホームズはどう挑むのか――読者を静かに引き込む、緊迫のミステリー。
『ストランド・マガジン』1891年11月号初出
●登場人物
- シャーロック・ホームズ:冷静沈着な名探偵。事件の真相を論理で追う。
- ジョン・ワトソン(僕):ホームズの相棒で語り手。事件の一部始終を見届ける。
- ジョン・オープンショウ:若き依頼人。家族に降りかかる謎の死に怯える。
- ジョセフ・オープンショウ:ジョンの父。不可解な死を遂げる。
- イライアス・オープンショウ:ジョンの伯父。過去にアメリカで秘密を抱える。
- メアリー:屋敷の使用人。イライアスの世話をしていた。
- フォーダム:ホーシャムの弁護士。遺言の証人となる。
- プレンダーガスト少佐:ジョンにホームズを紹介した旧軍人。
- ジェームズ・カルフーン船長:ローン・スター号の船長で、事件の黒幕。
第1章 嵐の夜の依頼者
僕が手元のノートや記録を見返すと、シャーロック・ホームズと共に過ごした1882年から1890年までの事件は、どれも奇妙で興味深いものばかりで、どれを選び、どれを省くべきか悩んでしまうほどだ。中には新聞で取り上げられたものもあるし、ホームズの特異な才能を発揮する場がなかったものもある。さらに、彼の分析力をもってしても解明できなかった事件もあり、それらは物語としては未完のまま終わっている。また、部分的にしか解決しておらず、推測や仮説に基づいた説明しかできないものもある。だが、そうした未解決の中にも、あまりに詳細が奇妙で、結果が衝撃的だったため、どうしても語りたくなる事件がある。完全には解明されていない点があるにもかかわらず、僕は今こうして筆を取っている。1887年には、興味深い事件が数多くあった。その年の記録には、パラドールの密室事件、家具倉庫の地下に豪華なクラブを構えていたアマチュア乞食協会の話、イギリスの帆船ソフィー・アンダーソン号の失踪事件、ウッファ島で起きたグライス・パターソン家の奇妙な冒険、そしてカンバーウェル毒殺事件がある。ちなみに最後の事件では、ホームズが死者の懐中時計を巻き直すことで、死亡時刻が就寝から二時間以内だったことを証明し、それが事件解決の鍵となった。これらの事件については、いずれまた語る機会があるかもしれないが、今僕が語ろうとしている事件ほど奇妙な展開を見せたものはない。
それは九月の終わり頃のことだった。秋分の嵐が異常な激しさで吹き荒れていた。朝から風は唸り、雨は窓を叩き続けていて、ここ手作りの大都市ロンドンの中心にいてさえ、日常の雑事から意識を引き離され、文明の檻の中から人類に向かって吠える野獣のような自然の力を感じずにはいられなかった。夕方になると嵐はさらに激しさを増し、風は煙突の中で子供のように泣き叫んでいた。
ホームズは暖炉の片側に座り、犯罪記録の索引を黙々と整理していた。僕は反対側で、クラーク・ラッセルの海洋冒険小説に没頭していた。外の嵐の唸り声が物語の文体と混ざり合い、雨の音が波のうねりのように感じられるほどだった。妻は母親の家に滞在していて、僕は数日間、久しぶりにベイカー街の旧居に戻っていた。
「……あれ、今のってベルの音じゃないか?」僕は顔を上げて、ホームズに声をかけた。「こんな夜に誰が来るんだ? 君の友人か?」
「君以外に友人なんていないよ」とホームズは答えた。「僕は来客を歓迎しないからね」
「じゃあ、依頼人か?」
「だとしたら、よほど深刻な案件だ。こんな天気と時間に人を動かすのは、それくらいの理由しかない。でもまあ、大家の知り合いが来たって線の方が濃いかな」
だが、ホームズの推測は外れた。廊下に足音が響き、ドアを叩く音がした。ホームズは長い腕を伸ばして、ランプの光を自分から遠ざけ、来客が座るであろう空の椅子に向けた。
「どうぞ、お入りください」彼は静かに言った。

入ってきたのは、二十二歳くらいの若者だった。身なりはきちんとしていて、洗練された雰囲気が漂っている。手に持った傘はびしょ濡れで、長い防水コートも雨に光っていた。嵐の中をかき分けて来たことが一目でわかる。彼はランプの光の中で不安げに部屋を見回し、その顔は青ざめ、目元には重たい影が落ちていた。まるで何か大きな悩みを背負っているようだった。
「突然の訪問、申し訳ありません」彼は金縁の鼻眼鏡を持ち上げながら言った。「ご迷惑ではないといいのですが……嵐の痕跡をこの居心地の良い部屋に持ち込んでしまったかもしれません」
「コートと傘を預かりましょう」ホームズが言った。「フックに掛けておけば、すぐ乾くだろう。南西から来ましたな?」
「ええ、ホーシャムからです」
「君の靴のつま先に付いた粘土と白亜の混じった土が、まさにその土地のものです」
「助言をいただきたくて来ました」
「それなら簡単に手に入ります」
「それと、助けも……」
「それは、いつも簡単とは限らないですな」
「あなたのことは、プレンダーガスト少佐から聞きました。タンクヴィル・クラブのスキャンダルのとき、彼を救ったと」
「……ああ、あれか。カードの不正を疑われた件だ。濡れ衣でした」
「彼は、あなたならどんな事件でも解決できると言ってました」
「言い過ぎだよ」
「あなたは決して負けない、とも」
「負けたことはある。三度は男に、一度は女に」
「でも、それは成功の数に比べれば……」
「まあ、たいていはうまくいっているね」
「なら、僕の件もお願いします」
「では、火のそばに椅子を引き寄せて、事件の詳細を聞かせてください」
「普通の事件じゃありません」
「僕のところに来る依頼は、どれも普通じゃない。最後の頼みの綱だからね」
「でも、あなたの経験の中でも、僕の家族に起きた出来事ほど不可解で謎めいたものはないと思います」
「興味が湧いてきたました。まずは事実を順に話してください。あとで重要と思われる点を質問します」
若者は椅子を暖炉のそばに引き寄せ、濡れた足を火に向けて伸ばした。