ライオンのたてがみ
THE LION'S MANE
―断崖の村を揺るがす、謎の死と最後の言葉―
第3章 深まる疑惑と“見えない敵”
数時間後、スタックハーストが訪ねてきて、遺体は〈ゲーブルズ〉へ運ばれ、そこで検死が行われると知らせてくれた。そして、彼は重大な情報を持ってきた。
崖下の洞窟からは何も見つからなかったが、マクファーソンの机の中から、フルワースに住むモード・ベラミーという女性との親密な手紙がいくつも見つかったという。
つまり、先ほどの紙片の差出人が判明したわけだ。
「手紙は警察が持っていったよ。僕は持ち出せなかった。でも、かなり真剣な恋愛だったのは確かだ。ただ、あの恐ろしい出来事と結びつける理由はないと思う。彼女が彼と会う約束をしていた、という点を除けばね」
「でも、みんなが使う海水浴場で密会というのは不自然じゃないか?」
「たまたまだよ。学生の何人かがマクファーソンと一緒に行かなかったのは偶然だ」
「本当に偶然かい?」
スタックハーストは眉を寄せた。
「イアン・マードックが引き止めたんだ。朝食前にどうしても代数の証明をやらせるってね。彼も今回の件でひどく落ち込んでいるよ」
「でも、二人は仲が良かったのか?」
「昔は違った。でもここ一年ほどは、マードックにしては珍しく、マクファーソンと親しくしていたよ。ああいう性格だから、誰かと深く関わることは少ないんだが」
「なるほど。以前、犬の扱いで揉めたと聞いたが」
「あれはもう済んだ話だよ」
「でも、わだかまりが残った可能性は?」
「いや、いや、二人は本当に仲が良かった」
「では、次は女性のほうを調べるべきだね。彼女を知っているか?」
「もちろん。誰でも知っているさ。あの辺り一帯で一番の美人だよ。どこへ行っても注目されるようなね。マクファーソンが惹かれていたのは知っていたが、手紙を見る限り、そこまで深い仲だとは思わなかった」
「彼女は何者なんだ?」
「フルワースで船や海水浴小屋を全部仕切っているトム・ベラミーの娘だ。元は漁師だったが、今ではかなりの資産家だよ。息子のウィリアムと一緒に商売をやっている」
「フルワースへ行って、話を聞いてみようか」
「どんな理由で?」
「理由ならいくらでも作れるさ。いずれにせよ、マクファーソンが自分であんな傷をつけるはずがない。誰かがあの鞭を振るったんだ。
この辺りは人間関係が限られている。あらゆる方向から当たれば、動機に行き着くはずだ。動機がわかれば、犯人も見えてくる」
タイムの香りが漂う丘陵を歩くのは本来なら心地よいはずだったが、僕たちの胸には先ほどの惨劇の影が重くのしかかっていた。
フルワースの村は、湾を半円形に囲むように窪地に広がっている。古い家並みの背後には、近年建てられた新しい家々が斜面に点在していた。
スタックハーストはその一つへ僕を案内した。
「ほら、あれが〈ヘイヴン〉だよ。ベラミーがそう名付けた家だ。角の塔とスレート屋根のやつ。漁師上がりの男にしては立派なもんだが……って、おい、見ろよ!」
〈ヘイヴン〉の庭門が開き、一人の男が出てきた。
あの背の高い、骨ばった、どこか乱れた雰囲気の体つき――見間違えるはずがない。数学教師のイアン・マードックだった。
数秒後、僕たちは道の上で彼と向き合った。
「よう」
スタックハーストが声をかけると、マードックは軽くうなずき、黒い奇妙な目で横目に僕たちを見ただけで通り過ぎようとした。
だが、スタックハーストが呼び止めた。
「君、ここで何をしていた?」
マードックの顔が怒りで赤く染まった。
「僕はあなたの屋根の下で働く身ですが、私生活の行動まで報告する義務はないと思いますが?」
スタックハーストは、今朝からの出来事で神経がすっかり擦り減っていた。普段なら冷静に構えたかもしれないが、このときは完全に堪忍袋の緒が切れた。
「状況を考えれば、その返答は無礼にもほどがある、マードック君」
「その質問自体が無礼ではありませんか?」
「君の反抗的な態度を見逃したのはこれが初めてじゃない。だが、これが最後だ。今すぐ身の振り方を考えたまえ」
「そのつもりでしたよ。今日、僕は〈ゲーブルズ〉で唯一まともに話せる相手を失ったんでね」
そう吐き捨てると、マードックは大股で去っていった。
スタックハーストは怒りに燃えた目でその背中を睨みつけた。
「まったく、あれほど扱いにくい男はいないだろう!」
だが僕の心に強く残ったのは、別の印象だった。
――イアン・マードックは、事件現場から逃げる口実を得た途端、すぐに離れようとした。
ぼんやりしていた疑念が、少しずつ形を持ち始めていた。
ベラミー家を訪ねれば、何か光が差すかもしれない。
スタックハーストは気を取り直し、僕たちは家へ向かった。
ベラミー氏は、真っ赤なひげを蓄えた中年の男だった。機嫌は最悪で、顔はひげと同じくらい赤くなっていた。
「いや、詳しい話なんぞ聞きたくない。こいつもだ」
彼は部屋の隅に座る、がっしりした体格の若い男を顎で示した。
その男――ウィリアムは、重く陰気な顔つきをしていた。
「俺たちは、マクファーソンがモードに寄せていた気なんざ侮辱だと思ってる。結婚なんて言葉は一度も出ちゃいないのに、手紙だの会合だの、俺たちが認められるようなもんじゃなかった。あいつには母親がいない。俺たちが唯一の保護者だ。だから――」
だが、その言葉は途中で遮られた。
部屋の扉が開き、彼女が現れたのだ。
――モード・ベラミー。
世界中どこへ出しても引けを取らないほどの美しさだった。
こんな環境から、どうしてこれほどの花が咲くのかと不思議に思うほどだ。
僕は女性に心を奪われることは滅多にない。理性が感情を抑えるからだ。
だが、彼女の整った顔立ちと、ダウンの丘陵のように柔らかい色彩を帯びた肌を前にしては、どんな若者も無傷ではいられないだろう。
そんな彼女が、目を大きく見開き、強い光を宿したまま、スタックハーストの前に立った。
「フィッツロイが亡くなったことは、もう聞きました。どうか、詳しいことを教えてください」
「この紳士が知らせてくれたんだ」
父親が僕を指した。
「妹を巻き込む必要はないだろ」
ウィリアムが低く唸った。
モードは兄を鋭く睨んだ。
「これはあたしの問題よ、ウィリアム。口を挟まないで。犯罪があったって話じゃない。犯人を突き止める手助けができるなら、それが彼へのせめてもの務めよ」
彼女はスタックハーストの説明を、驚くほど落ち着いて聞いた。
その集中力は、彼女が美しいだけでなく、強い意志を持つ女性であることを示していた。
モード・ベラミーは、僕の記憶に永遠に残るだろう。
話が終わると、彼女は僕のほうへ向き直った。
「どうか犯人を捕まえてください、ホームズさん。相手が誰であっても、あたしは協力します」
その言葉のとき、彼女が父と兄を挑むように見たのを、僕は見逃さなかった。
「ありがとうございます。女性の直感は、こういう事件ではとても価値があります。ところで、あなたは『犯人は複数』と考えておられるようですね?」
「ええ。フィッツロイは強くて勇敢な人でした。あんなひどいこと、一人でできるとは思えません」
「少しだけ、あなたと二人で話せますか?」
「モード、余計なことに首を突っ込むな!」
父親が怒鳴った。
彼女は困ったように僕を見た。
「どうすればいいの?」
「いずれ事実は公になるでしょう。ここで話しても問題はありません。できれば個別に伺いたかったのですが、お父上が許されないなら、ご一緒に聞いていただくしかありません」
僕は、遺体のポケットから見つかったメモについて話した。
「検死で必ず提出されます。差し支えなければ、内容について教えていただけますか?」
「隠す理由なんてありません」
彼女は言った。
「フィッツロイとは婚約していました。ただ、彼のおじさまがとても年を取っていて、結婚に反対されると遺産を失うかもしれなかったので、秘密にしていただけです」
「言ってくれてもよかったんだぞ」
ベラミー氏が唸った。
「お父さんが少しでも理解を示してくれたら、そうしたわよ」
「俺は、うちの娘が身分違いの男と付き合うのが気に入らん!」
「その偏見があったから、言えなかったのよ。それに、この約束の件だけど――」
彼女はドレスのポケットを探り、くしゃくしゃになった紙を取り出した。
そこにはこう書かれていた。
――愛しい人へ
火曜、日没後すぐに、いつもの浜辺で。
その時間しか抜けられない。
F・M
僕は紙を裏返した。
「これは郵便じゃないですね。どうやって受け取ったんです?」

「その質問には答えたくありません。それは、あなたが調べている件とは本当に関係がありませんから。でも、事件に関係することなら、何でもお答えします」
彼女はその言葉どおり、事件に関わることには率直に答えてくれた。
だが、僕たちの捜査に役立つ情報は何ひとつなかった。
婚約者に隠れた敵がいたとは思えない、と彼女は言ったが、自分には熱心な求婚者が何人かいたことは認めた。
「イアン・マードック氏も、その一人でしたか?」
僕がそう尋ねると、彼女は頬を赤らめ、少し戸惑ったように視線を落とした。
「……そう思った時期はありました。でも、フィッツロイとあたしの関係を知ってからは、すっかり変わりました」
――まただ。
あの奇妙な男の周囲に漂っていた影が、さらに濃く、形を持ち始めていた。
彼の経歴を調べる必要がある。部屋も内密に調べなければならない。
スタックハーストも同じ考えだったようで、彼の胸にも疑念が芽生えていた。
僕たちは〈ヘイヴン〉を後にし、この複雑な糸玉の端をようやくつかんだような気持ちで帰路についた。
それから一週間が過ぎた。
検死審問では何の進展もなく、追加証拠を待つため延期された。
スタックハーストは部下について慎重に調べ、部屋の表面的な捜索も行われたが、成果はなかった。
僕自身も現場を何度も歩き、頭の中でも繰り返し検討したが、新しい結論には至らなかった。
僕の記録の中でも、ここまで僕の力を限界まで追い詰めた事件はない。
想像力を駆使しても、解決の糸口がまったく見えなかった。
――そして、犬の事件が起きた。