最後の事件
THE FINAL PROBLEM
「僕らの“最後の対決”──滝壺に消えた二人の影」
第4章 「ライヘンバッハの滝へ」
僕がよく覚えている場面がある。ゲミ峠を越え、どこか物悲しいダウベン湖の縁を歩いていたときのことだ。右手の尾根から外れた大きな岩が、ガラガラと音を立てて転がり落ち、僕たちの背後の湖へ轟音とともに落ち込んだ。その瞬間、ホームズは稲妻のように尾根へ駆け上がり、尖った岩の上に立って、首を伸ばしながら四方を見渡した。
案内人のスイス人青年が「春先はよくあることですよ」と必死に説明したが、ホームズは何も言わなかった。ただ、僕のほうを振り返り──まるで「ほら、やっぱりだ」とでも言いたげに、静かに笑った。
それでも、あれほど警戒していたのに、彼が沈んだ様子を見せることは一度もなかった。むしろ、僕が知る限り、これほど上機嫌なホームズを見たことはない。
彼は何度も繰り返した。
「もし社会がモリアーティ教授から解放されたと確信できるなら、僕は喜んで自分の探偵人生を終えてもいい」と。
「ワトソン、僕はね──自分の人生が“無駄ではなかった”と言ってもいいと思っているよ」
ホームズはそう言った。
「もし今夜で僕の記録が終わったとしても、僕は平静に振り返れる。ロンドンの空気は、僕がいることで少しは清浄になったはずだ。千件を超える事件で、僕は一度たりとも“悪の側”に力を貸した覚えはない。最近は、社会が生む表面的な問題より、自然が与える謎のほうに興味が向いているくらいだよ。……ワトソン、君の書く僕の記録は、ヨーロッパで最も危険で有能な犯罪者を捕らえるか、あるいは消し去ることで、僕の人生が頂点に達した日に終わるんだ」
ここから先は、短く、しかし正確に書く。
本当は思い出したくない。だが、僕には一つも省いてはならない義務がある。
五月三日、僕たちは小さな村マイリンゲンに着き、「イングリッシャー・ホフ」に泊まった。当時の主人はピーター・スタイラーという初老の男で、ロンドンのグロスヴェナー・ホテルで三年間ウェイターをしていたため、英語が驚くほど上手かった。
彼の勧めで、翌四日の午後、僕たちは丘を越えてロイゼンラウイの小さな集落で一泊する計画を立てた。ただし、途中のライヘンバッハの滝──丘の中腹にある──は必ず見ていくようにと、強く念を押された。
実際、あそこは恐ろしい場所だ。
雪解け水で膨れ上がった激流が、巨大な深淵へと落ち込み、噴き上がる水煙はまるで火事の煙のように立ちのぼる。
川が落ちる縦穴は、黒光りする岩に囲まれ、底知れぬ深さの泡立つ渦へと狭まっていく。そこからさらに、鋭い岩の縁を越えて流れが噴き出す。
永遠に続く緑の水の落下と、絶え間なく上がる白い水煙の幕──その渦と轟音は、見ているだけで目が回りそうだった。
僕たちは崖の縁に立ち、はるか下で砕け散る水の光を黒い岩肌の上に見つめ、深淵から吹き上がる“人の叫びのような”轟音を聞いていた。
滝の半ばまで回り込む道が切り開かれていて、全景を見られるようになっているのだが、そこから先は行き止まりで、来た道を戻るしかない。
僕たちが引き返そうとしたとき、スイス人の少年が手紙を持って走ってきた。
封筒には、さっき出てきたばかりのホテルの印があり、宛名は僕だった。
内容はこうだ──
僕たちが出て数分後、結核の末期症状にあるイギリス人女性が到着した。ダヴォスで冬を越し、ルツェルンの友人のもとへ向かう途中で、突然の喀血に襲われたらしい。数時間もつかどうかも怪しいが、最期に“イギリス人の医者”に会えれば慰めになるだろう、と。
追伸でスタイラー氏はこう書いていた。
「彼女はスイス人医師を断固として拒んでおり、私としても大きな責任を感じております。どうか戻っていただければ、これ以上の恩はありません」
この訴えを無視することはできなかった。
異国で死にゆく同胞の願いを断るなど、僕にはできない。
だが、ホームズを置いていくことには迷いがあった。
結局、こう決まった──
ホームズはスイス人の少年を案内役としてそばに置き、僕はマイリンゲンへ戻る。
ホームズはしばらく滝に残り、そのあとゆっくり丘を越えてロイゼンラウイへ向かう。僕は夕方そこで合流する。
僕が振り返ると、ホームズは岩に背を預け、腕を組み、激流をじっと見下ろしていた。
──それが、この世で僕が彼を見た最後の姿だった。
