独身の貴族
THE NOBLE BACHELOR
「花嫁はなぜ逃げたのか?貴族の恋と嘘の行方」
第4章 ドレスと水面の真実
玄関のベルが鳴り、ホームズが立ち上がった。「やあ、レストレード警部。サイドボードにグラスがあるよ。葉巻も箱に入ってる」
現れた警部は、ピーコートにスカーフという、どこか海の男のような格好をしていた。手には黒いキャンバス地のバッグを持っている。軽く挨拶を交わすと、葉巻を一本取り出して火をつけ、椅子に腰を下ろした。
「さて、どうしたんだい?」とホームズが目を細めて尋ねた。「なんだか不満そうな顔だね」
「不満どころじゃないさ。あの忌々しいセント・サイモンの結婚事件だ。まったく、何が何だか分からん」
「ほう、それは意外だな」
「こんな混乱した事件、聞いたことがあるか?手がかりってやつが、全部指の間からすり抜けていくんだ。朝からずっと調べてるのに、何も掴めない」
「それで、ずいぶん濡れてるようだね」とホームズは警部のコートの袖に手を置いた。
「セパンティン池を引き上げてたんだよ」
「なんと、何のために?」
「セント・サイモン夫人の遺体を探してさ」
ホームズは椅子にもたれて、腹を抱えて笑った。
「じゃあ、トラファルガー広場の噴水も引き上げたらどうだい?」
「……は?何を言ってるんだ?」
「だって、そっちで見つかる可能性も、セパンティンと同じくらいあるだろう?」
レストレードはホームズに鋭い視線を向けた。
「……あんた、全部分かってるってわけか?」
「いや、今聞いたばかりさ。でも、もう結論は出てる」
「ほう、それじゃセパンティン池は関係ないと?」
「関係あるとは思えないね」
「じゃあ、これを見て説明してくれよ」
そう言ってレストレードはバッグを開け、中から水に濡れて変色した絹のウェディングドレス、白いサテンの靴、花嫁の冠とヴェールを床に広げた。そして、最後に新品の結婚指輪をその上にぽんと置いた。
「さあ、ホームズ先生。これがあんたの“推理力”への挑戦状だ」

「へえ、そうだったのかい」とホームズが青い煙の輪をくるくると空中に吹きながら言った。「セパンティン池から引き上げたってわけじゃないんだ?」
「いや、違う。公園の管理人が岸辺近くで漂ってるのを見つけたんだ。彼女の服だって確認されてる。だから、服がそこにあるなら、遺体も近くにあると思ったわけだ」
「その理屈でいくと、誰の遺体もタンスの近くにあるってことになるな。で、君はそれで何を得ようとしたんだ?」
「フローラ・ミラーが失踪に関与してる証拠を探してたんだよ」
「それは……難しいと思うけどね」
「そうかな?」とレストレードが少し苛立った声で言った。「ホームズ、君の推理ってやつは、現実的じゃないんじゃないか?この数分で二つも見当違いをしてる。このドレスこそが、フローラ・ミラー嬢を示してる証拠だよ」
「どういうことだい?」
「ドレスにはポケットがある。その中にカードケースがあった。カードケースの中にはメモが入ってた。そして、これがそのメモだ」
彼はそれをテーブルにバンと叩きつけた。
「読んでみなよ――
『準備が整ったら会える。すぐ来て。 F.H.M.』
僕の説は最初からこうだ。セント・サイモン夫人はフローラ・ミラーに誘い出された。そして彼女は仲間と共に、失踪の原因がある。このメモこそが、玄関でこっそり手渡されて、彼女を罠に引き込んだ証拠だ」

「見事だよ、レストレード」とホームズは笑いながら言った。「君は本当に素晴らしい。ちょっと見せてくれ」
彼は気のない様子で紙を手に取ったが、すぐに目が釘付けになり、小さく満足げな声を漏らした。
「これは確かに重要だね」
「ほう、そう思うか?」
「非常にね。心から祝福するよ」
レストレードは勝ち誇ったように立ち上がり、身を乗り出して覗き込んだ。
「なにっ、君、裏側を見てるじゃないか!」
「いやいや、こっちが正しい面だよ」
「正しい面?気でも狂ったか?メモは鉛筆でこっちに書いてあるんだぞ!」
「そして、こっちにはホテルの請求書の断片がある。それが僕には非常に興味深い」
「そんなもん、何もないよ。さっき見たけどね」
『10月4日 部屋代 8シリング、朝食 2シリング6ペンス、カクテル 1シリング、昼食 2シリング6ペンス、シェリーグラス 8ペンス』
「何も見えないね」
「君にはそうかもしれない。でも、これはとても重要だ。メモも、少なくともイニシャルは重要だ。改めて祝福するよ」
「もう十分時間を無駄にした」とレストレードは立ち上がった。「俺は暖炉のそばで高尚な理屈をこねるより、現場で汗をかく方が性に合ってる。では、ホームズさん、どっちが先に真相にたどり着くか、見ものだな」
彼は衣類をまとめてバッグに押し込み、ドアへ向かった。
「一つだけヒントをあげようか、レストレード君」とホームズが気だるげに言った。「この事件の真相を教えてあげよう。セント・サイモン夫人なんて存在しない。そんな人物は、最初からいなかったんだよ」
レストレードは悲しげな目でホームズを見つめた。そして僕の方を向き、額を三度トントンと叩き、重々しく首を振って去っていった。
彼がドアを閉めるや否や、ホームズは立ち上がってオーバーコートを羽織った。
「現場仕事ってのも、たまには悪くないかもな」と言って、「じゃあワトソン、少しの間、君は新聞でも読んでてくれ」
ホームズが出ていったのは五時過ぎだった。でも、僕が退屈する暇はなかった。というのも、一時間も経たないうちに、フードデリバリーの男が大きな平たい箱を持ってやってきたんだ。彼は若い助手を連れていて、二人で箱を開けると、なんと我が下宿の質素なマホガニーのテーブルに、まるで美食家の晩餐みたいな冷製料理が並び始めた。
冷えたヤマシギが二羽、キジが一羽、フォアグラのパイ、そして古くて埃まみれのワインボトルが数本。すべてを並べ終えると、彼らはまるで『千夜一夜物語』の魔法使いのように、何の説明もなく消えてしまった。ただ「代金は支払い済みで、この住所に届けるように言われてます」とだけ残して。
九時少し前、ホームズが勢いよく部屋に戻ってきた。顔つきは真剣だったが、目には確信の光が宿っていた。
「晩餐の準備は整ったようだね」と手を擦りながら言った。
「誰か来るのかい?五人分並べてあるけど」
「そうだね、何人か来ると思うよ。セント・サイモン卿がまだ来てないのが意外だな。……おっと、今階段を上がってくる足音が聞こえる」