マザリンの宝石
THE MAZARIN STONE
―盗まれた秘宝とホームズの奪還作戦―
第4章 暴かれる密談と揺れる選択
「で、どうなってんだ?」マートンが不安げに聞いた。
「奴は石のことを知りすぎてる。全部知ってる可能性もある」
「なんてこった……」
ボクサーの顔色がさらに悪くなった。
「アイキー・サンダースが裏切った」
「アイキーが? あの野郎……ぶっ飛ばしてやる。死刑になっても構わねえ」

「そんなことしても意味はない。問題は、これからどうするかだ」
「ちょっと待てよ」
マートンは寝室の扉を疑わしげに見た。
「奴、油断ならねえ。聞き耳立ててんじゃねえのか?」
「この音量で聞けるわけないだろう」
「まあな……でもカーテンが多すぎる。誰か隠れてるかも――」
彼は部屋を見回し、初めて窓際の“人形”に気づいた。
言葉を失い、指をさした。
「な、なんだあれ……!」
「ただの人形だ」
伯爵が言った。
「人形? マジかよ……マダム・タッソーも真っ青だな。生き写しじゃねえか。ガウンまで同じだ。……でもカーテンがよ!」
「カーテンはどうでもいい! 時間がないんだ。奴は石の件で俺たちをぶち込める」
「マジかよ!」
「だが、石の場所を教えれば、奴は俺たちを逃がす」
「何!? 十万ポンドを手放すってのか?」
「どっちかしかない」
マートンは短い髪をガシガシかいた。
「奴は一人だ。やっちまおうぜ。灯りを消せば怖いもんなしだ」
伯爵は首を振った。
「奴は武装してるし準備万端だ。撃ったところで、この場所じゃ逃げられん。それに警察はもう証拠を握ってる可能性が高い。……ん? 今の音は?」
窓の方から微かな物音がした。
二人は振り向いたが、部屋は静まり返っていた。
椅子に座る“ホームズの人形”以外、誰もいない。
「外の音だろ」
マートンが言った。
「なあ伯爵、あんたが頭使ってくれよ。殴るのがダメなら、あとはあんたの役目だ」
「俺はもっと賢い奴らも騙してきた」
伯爵は言った。
「石はここにある。秘密のポケットだ。置いておくなんて危険はしない。今夜のうちに国外へ出せる。日曜までにアムステルダムで四つに切り分けられる。奴はヴァン・セダーのことを知らん」
「ヴァン・セダーは来週出るんじゃなかったのか?」
「予定だったが、今すぐ出す。どちらかが石を持ってライム・ストリートへ行って伝えるんだ」
「でも偽底がまだできてねえぞ」
「そのまま渡すしかない。時間がない」
伯爵は再び窓を鋭く見た。
確かに、さっきの音は外からだった。
「ホームズの方は簡単に騙せる。奴は石さえ手に入れば俺たちを捕まえない。だから“石はリバプールにある”とでも言ってやればいい。奴が気づく頃には、石はオランダ、俺たちは国外だ」
「そりゃいい!」
マートンはにやりと笑った。
「お前はオランダ人に急げと伝えに行け。俺はここでホームズに偽の自白をしてやる。リバプールにあるって言えばいい。……くそ、この泣き声みたいな音楽、神経に障る! 奴がリバプールに石がないと気づく頃には、石は四つに割られて、俺たちは海の上だ。……こっちへ来い。鍵穴の前に立つな。ほら、これが石だ」
「よく持ち歩けるな」
「どこに置くより安全だろう? ホワイトホール(ロンドンの官庁街)から持ち出せたんだ。俺の宿から盗まれるわけがない」
「見せてくれよ」
シルヴィウス伯爵は、相棒に向けてあまり好意的とは言えない視線を投げ、差し出された“洗っていない手”を無視した。
「なんだよ、俺が盗るとでも思ってんのか? いい加減にしろよ、あんたのそういう態度には飽き飽きだぜ」
「まあまあ、サム。怒るな。仲間割れしてる暇はない。窓のところへ来いよ。光に当てれば、この美しさがよく分かる。ほら、こうだ」
「おう、ありがとよ」