マザリンの宝石
THE MAZARIN STONE
―盗まれた秘宝とホームズの奪還作戦―
第2章 王冠の宝石と二人の悪党
「そう。あの巨大な黄色いマザリン・ストーンだ。網は張ったし、魚もかかった。だが肝心の石がない。犯人を捕まえるだけなら簡単だが、それじゃ意味がない。世界を少し良くするために奴らを牢に放り込むのも悪くないが……僕が欲しいのは石そのものなんだ」「その魚の一匹が、シルヴィウス伯爵ってわけか?」
「そう。そして奴は“サメ”だ。噛みつくタイプだよ。もう一人はボクサーのサム・マートン。あいつは悪い奴じゃないが、伯爵に利用されてる。サメじゃない。ただの、でかくて頑固で頭の鈍いフナみたいなもんだ。でも網にはしっかり絡まってる」
「そのシルヴィウス伯爵はどこに?」
「今朝はずっと奴の肘の横にいたよ。僕の“老婦人”の変装、見ただろう? あれは自分でも驚くほど出来が良かった。なんと、奴が僕の落とした日傘を拾ってくれたんだ。『どうぞ、マダム』なんてね。あいつは半分イタリア人で、機嫌が良いときは南国風の優雅さを見せるが、気分が変わると悪魔みたいになる。人生って、妙な出来事が多いよな、ワトソン」
「悲劇になっててもおかしくなかったな」
「まあ、そうかもしれない。僕は奴を追って、ミノリーズのストラウベンジーの工房まで行った。ストラウベンジーはあの空気銃を作った男だ。見事な出来だよ。たぶん今も向かいの窓に置いてあるはずだ。人形は見ただろう? ビリーが見せたと思うが、あれはいつ弾丸が飛んできてもおかしくない。……おっと、ビリー、どうした?」
ビリーがトレイにカードを載せて戻ってきた。ホームズは眉を上げ、楽しげに笑った。
「本人が来たよ。これは予想外だな。さあ、ワトソン、覚悟を決めよう。あいつは肝の据わった男だ。大物狩りの名手として有名だろう? その“戦績”に僕を加えられたら、奴にとって最高の締めくくりだ。つまり、僕が奴のかかとにぴったりついている証拠だ」
「警察を呼べよ」
「呼ぶつもりだよ。でも、まだ早い。ワトソン、窓から外をよく見てくれ。誰か張り込んでないか?」
僕はカーテンの端から慎重に外を覗いた。
「いるな。玄関の近くに、荒っぽそうな男が一人」
「サム・マートンだな。忠実だが、まあ……ちょっと間抜けなサムだ。で、伯爵はどこに?」
「控え室にいます」
「呼び鈴を鳴らしたら通してくれ」
「はい、ホームズさん」
「僕が部屋にいなくても、そのまま通していい」
「分かりました」
ビリーが出ていくと、僕はホームズに向き直った。
「なあホームズ、これは無茶だ。相手は何でもやる男だぞ。お前を殺しに来た可能性だってある」
「僕もそう思うよ」
「なら、僕も残る。絶対に一人にはしない」
「ワトソン、君は邪魔だ」
「僕が? 相手の邪魔じゃなくて?」
「いや、僕の邪魔だよ」
「……それでも置いていけない」
「置いていけるし、置いていく。君はいつだって“ゲーム”を最後までやり遂げる男だ。今回もそうしてくれ。奴は自分の目的で来るが、僕には僕の目的がある」
ホームズは手帳を取り出し、何かを書きつけた。
「これを持ってスコットランド・ヤードへ行ってくれ。C.I.D. (刑事局)のヨーガルに渡すんだ。それから警官を連れて戻ってくれ。奴の逮捕はそのあとだ」
「喜んで行くよ」

「君が戻るまでに、石のありかを突き止められるかもしれない」
ホームズはベルを押した。
「寝室から出よう。この裏口は本当に便利だ。僕は“サメ”を、奴に気づかれずに観察したい。いつものやり方でね」